シャンソン愛

峰艶二郎(みね えんじろう)による、シャンソンについて綴るブログです。htmt-mth@ezweb.ne.jp

生きる シャンソン歌手・深緑夏代 生誕100年記念動画配信

『生きるーシャンソン歌手・深緑夏代』 ☆生誕100年記念 動画配信本日より、配信開始しております。 9月24日(金)23時59分まで、YouTubeにて無料でご覧いただけます。アカウント「深緑夏代生誕100年記念」 https://youtu.be/zCsJCTMUdTQ【配信動画】 「シャン…

蜂鳥あみ太=4号

粧(よそお)いは暴力 ー蜂鳥あみ太=4号の夜Facebookを約5年続けて、この投稿が私のシャンソンに関する100本目の記事に当たる。自分なりの信念をもって、記事のテーマは厳しく見極めながら書いてきたつもりだ。塵も積もれば山となる、ひとえに嬉しい。そんな…

吉永小百合のシャンソン

吉永小百合のシャンソン先日、札幌の大丸セントラルにブロマイド専門店の「マルベル堂」が出店していたが、私の好きな浜田光夫さんのブロマイドが1枚も売っておらず、( ゚д゚)ポカーン となる。若かりし頃、小鹿(バンビ)のごとく愛らしかった彼は、映画で吉永小…

生きる シャンソン歌手・深緑夏代 生誕100年記念動画配信

告知です。シャンソン歌手の故・深緑夏代さんが生誕100年を迎えられることを記念し、生前のライヴの動画配信をいたします。深緑夏代さんは、戦後に宝塚歌劇団のトップスターとして活躍したのち、シャンソン歌手として日本のシャンソン史に功績を残されました…

シャンソンマガジン 2021年秋号

「シャンソンマガジン 2021年秋号」が届きました。 この度、拙いながら寄稿いたしました。お力添えくださった方々に、厚く御礼申し上げます。「空飛ぶ大殿ーシャルル・トレネ賛」 「北のパリ祭 第3回公演」御高覧頂ければ幸いです。今回はフランスのシャンソ…

森敦「月山」&岸洋子「月の山」

死体のある風景 作家とシャンソン③ ⛰️森敦「月山」作家の森敦は、1912年に長崎で生まれた。作家の横光利一に師事し、太宰治や中原中也らと同人誌を通じて交流をもった。 45年より、妻の故郷である山形県酒田市に住むも、その後は庄内地方を点々とするように…

綾部肇

以前、フランスの作曲家でピアニストのエミール・ステルン(Emile Stern)について調べたことがあった。その際に、「日本のエミール・ステルン」と呼ばれたピアニストがいたことを知った。綾部肇さんという人である。私は、生前の彼がシャンソン関係者に大変慕…

中原美紗緒

私が愛聴するシャンソンのアルバムのなかに、中原美紗緒さんの35周年リサイタルのCDがある。 1991年、銀座ガスホールにおけるライブ盤だが、シャンソン独特のしんみりした楽曲を廃した、華やかで健康的なステージだ。そうしたコンサートはつまらない、と思う…

岸洋子さんのお墓参りetc

先日、岸洋子さんのお墓参りに行ってきました。 岸さんのお墓は札幌にある、というのは、私の中では都市伝説のような話でしたが、霊園の職員さんにも調べていただき、お参りしてきました。 歌碑とかあるのかなー、などと思いながら伺いましたが、本当に一般…

吾が巴里よ(モン・パリ)

日本シャンソンの産声 「モン・パリ」から「パリゼット」まで日本で、シャンソンが歌われ始めたのは、何時のことなのだろう、という疑問がふつふつと沸き上がった。私も誕生日を迎えたことだし、日本におけるシャンソンの誕生日も調べてみようかという、好奇…

パリゼット

日本シャンソンの産声 「モン・パリ」から「パリゼット」まで ②昭和2年の「吾が巴里よ」の盛況により、宝塚歌劇団創設者の小林一三は、演出家の白井鐵造にパリ視察を命じる。 白井は、昭和3年にパリに渡ってレビューの見識を深め、昭和5年に帰国。その帰朝公…

『蛙たちのLe Quatorze Juillet』

こんなにも漆黒に覆われたパリ祭があっただろうか。7月14日はフランス革命記念日で、日本では「パリ祭」と称してシャンソンの催事があちこちで開かれる。 同時に、この日はフランスの男性歌手、レオ・フェレ(Léo Ferré)の命日でもある。フェレは、フランスで…

寺内タケシ

6月18日に亡くなった寺内タケシ。 私は「寺内タケシとブルージーンズ」の「旅姿三人男」が好きで、「お前さん、江戸っ子だってねェ」「神田の生まれよォ」というべらんめぇが聞こえてきそうな軽快な演奏を、夜勤明けの眠気覚ましによく聴いていた。 訃報を機…

北のパリ祭

先日、札幌で催された「北のパリ祭」の圧巻のステージを楽しみました。 この自粛生活のなかで、生でシャンソンを聴ける喜びを噛み締めました。今回は、公演のスタッフとしても関わりました。 出演者の皆様、スタッフの皆様が私を気に掛けてくださり、1つの仕…

石坂真砂

生者と死者の肉声 石坂真砂シャンソン歌手からフォークシンガーに転身した加藤登紀子のように、シャンソンをきっかけにオリジナル曲を歌うようになった歌い手は数多い。 こうした人々が、オリジナル曲を歌うようになった経緯を知りたいと思った。ところで、…

嶋保子

北海道の伝説のシャンソン歌手・嶋保子北海道で活動するシャンソン歌手の方とお話しすると、よく嶋保子の名前を聞く。嶋は昭和24年、夕張生まれ。 シャンソン歌手の堀内環に師事し、昭和57年に札幌銀巴里でデビューする。 その後、自身の店であるシャンソニ…

柴田睦陸 由利あけみ

「琥珀の虫が羽ばたくとき」先日、珍しいレコードを手に入れたA面 柴田睦陸「ラ・クンパルシータ」 B面 由利あけみ「シボネー」 演奏 櫻井潔と其の楽団 (昭和14年 ビクターレコード)声楽家が歌うタンゴとラテンのレコードである 「ラ・クンパルシータ」は前…

01年 パリ祭

「一枚の写真から紡ぐ縁 第39回パリ祭(2001)」昔、ある方から写真をいただいたことがある。写真の下には「01 07 14」と記されている。2001年、第39回パリ祭のときの写真である。 中央には、芦野宏、石井好子、深緑夏代、高英男がいる。横にはムッシュかまや…

永登元次郎

「ヨコハマ・元次郎」先日、Facebookで知り合った方からシャンソン歌手、元次郎(がんじろう)のCDを頂戴した。この場を借りて御礼申し上げます。 元次郎のシャンソンはYouTubeで聴いたことがあり、とても気に入っていたのだが、CDが廃盤である上にプレミアが…

89年 パリ祭

「原点回帰と革新のパリ祭ー89年パリ祭ー」ある方からのご厚意で、パリ祭の映像を数本見る機会に恵まれた。かつてテレビ放送されてものを録画した映像だが、今では大変貴重な資料である。 今回は、1989年(平成元年)のパリ祭を紹介したい。この年はフランス革…

97年 パリ祭

「シャンソン歌手以外の人にシャンソンを ー97年 第35回パリ祭ー」今回は第35回パリ祭(1997年7月10日 東京厚生年金会館大ホール)の映像を観る機会に恵まれたので、レポートしたい。 このときのシャンソン界の状況を見てみると、前年の1996年はベテラン歌手の…

月田秀子

「南蛮人の叫びを歌う 月田秀子」 今年亡くなられたファド歌手の月田秀子のアルバムを、先日手に入れた。歌詞カードには自身の柔らかな筆致のサインが記されている。月田秀子 1951年、東京の下町に生まれる。高校時代に大阪に行き、女優を目指す傍らで、菅美…

坂東玉三郎

「高踏な情歌 ー坂東玉三郎「枯葉」ー」昨日、11月7日は、越路吹雪の命日であった。Facebookを見ると、シャンソンファンは各々の思いを抱いて、彼女を偲んでいたようだ。私は、昨日NHKで放送された「うたコン」という歌番組を観た。歌舞伎役者の坂東玉三郎が…

麻田マモル

「追悼 麻田マモル」2017年3月8日に亡くなったシャンソン歌手の麻田マモルを取り上げる。麻田マモル 1951年生まれ。 歌手としてシャンソンやオリジナル曲を歌い、ミュージカルにも出演した。 主に札幌を中心に活動し、すすきのでミュージックバー「Key Point…

山本四郎

「紳士的歌声 山本四郎」日本のシャンソン史を調べていると、今では名前を聞くことがあまりないが、かつて素晴らしい才能を持った歌手が沢山いたことを知り嬉しくなる。山本四郎もそのひとりだ。山本は、東京出身。昭和28年に武蔵野音大を卒業し、同年にNHK…

橘薫

「瓶詰の砂糖菓子 其の名、わすれな草ー橘薫ー」 日本で最初のシャンソンの専門歌手として知られている橘薫のレコードを手にいれたので紹介したい。橘薫は、明治45年に北海道八雲町で生まれた。 のちに宝塚少女歌劇団に入った橘(エッチン)は、男役の三浦時子…

谷川俊太郎

「文学の秋 シャンソンと詩人 ー谷川俊太郎ー」1960年代のシャンソンブームは、音楽としてだけでなく日本の文学界にも大きな影響を与えた。 私は以前、作曲家の高木東六が、シャンソンをレコード会社による商業主義によって作られた日本の歌謡曲の対局に位置…

純粋なオーディエンス

「若者とシャンソン 「純粋シャンソン愛好家」の創出」最近、短歌の世界で「純粋読者」という言葉が話題になっているようだ。 これは歌人の雲嶋聆(くもしま れい)が、評論「黒衣の憂鬱ー編集者・中井英夫論」(第35回現代短歌評論賞)で述べられたものである。…

原孝太郎

「日本シャンソン界の父 原孝太郎」先日、札幌で美輪明宏がコンサートを催した。 そのなかで美輪が「私は、原孝太郎と東京六重奏に習ってましたからね、それでタンゴを覚えたんです」と話していた。 多分、「それって誰?」と疑問に感じる方がほとんどだった…

菅美沙緒

「日本のミスタンゲット 菅美沙緒」菅は大正5年、愛媛県生まれ。 東京で声楽家の三浦環のもとで学び、昭和17年に日本歌曲のリサイタルを開いたが、シャンソンに惹かれたことがきっかけで、戦後はシャンソン歌手に転身する。 昭和22~4年にかけて3回のシャン…