シャンソン愛

峰艶二郎(みね えんじろう)による、シャンソンについて綴るブログです。htmt-mth@ezweb.ne.jp

小津安二郎

「東京物語」などで知られる映画監督の小津安二郎は、昭和初期からシャンソンを愛聴していました。 彼が好きだったのは、ミスタンゲット「サ・セ・パリ」 ラケル・メレ「ヴァレンシア」 (Mistinguett「Ça c'est Paris」 Raquel Meller「Valencia」)というシ…

聞かせてよ愛の言葉を?

「聞かせてよ愛の言葉を」という、素晴らしいシャンソンがあります。 原曲は1930年(昭和5年)にフランスでレコード化した、リュシェンヌ・ボワイエの「PARLEZ MOI D'AMOUR」。 そして、昭和7年に日本でもレコードが発売されましたが、そのときの邦題は「甘い…

戦時下のシャンソン

敵性音楽ー戦時下のシャンソン昭和16年に太平洋戦争が始まると、日本で洋楽は駆逐されていく。 とはいえ、開戦当時はそれほどではなかったようだ。なぜならば、軍部が「明るく戦争を乗り切る」という方針を推奨していたからだ。国民に我慢を強いるよりも、明…

黒田進

「日本最初のシャンソン歌手ー黒田進」日本で、シャンソンを専門に歌う「シャンソン歌手」が登場したのは、戦後のことである。宝塚OBの橘薫さん(昭和5年にレビュー「パリ・ゼット」で「すみれの花咲く頃」を歌った人)が、その開祖だ。そして、パリの視察から…

御礼「また来る春ー高野圭吾絵画展」

「また来る春ー高野圭吾絵画展」 短い時間でしたが、無事に終了いたしました。 お力添えと応援を頂いた皆様、そしてご来場くださった方々に、心より感謝いたします。展覧会の様子を動画にしました。 https://t.co/0VejIkniN0よろしければ、御高覧ください。

「また来る春ー高野圭吾絵画展」

「また来る春ー高野圭吾絵画展」シャンソンの訳詞家として知られる高野圭吾さんは、画家としても素晴らしい作品を遺されました。 この度、高野さんの17回忌を追悼し、故郷の札幌で小さな絵画展を開く運びとなりました。高野さんは、他の歌手からシャンソンの…

照井詠三

ジョルジュ・ミルトンをめぐる冒険《下》 ー歌手・照井詠三前回紹介したフランスの歌手で喜劇役者のジョルジュ・ミルトン。 1932年(昭和7年)、彼が主人公「ブーブール」を演じたもうひとつの映画「靴屋の大将(Le Roi du Cirage=靴磨きの王様)」が、フランス…

シャンソンマガジン 2021年冬号

「シャンソンマガジン 2021年冬号」が発売されました。 この度「イヴ・モンタン特集」に、拙いながら寄稿いたしました。お力添えくださった方々に、厚く御礼申し上げます。「PACIENCIAーイヴ・モンタンの生涯」モンタンのアーティストとしての生涯と政治的言…

モン・パパ

ジョルジュ・ミルトンをめぐる冒険《上》 ☆「モン・パパ」巴合戦いまではすっかり忘れ去られているが、戦前の日本でフランスの男性シャンソン歌手、ジョルジュ・ミルトン(Georges Milton)が、大変な人気だったことがある。ミルトンは、1886年(明治19年)フラ…

越路吹雪の肖像画

「越路吹雪の肖像画」昭和31年の雑誌「美術手帖」には、シャンソン評論家の蘆原英了による「シャンソンと画家たち」が連載されている。 内容は、ロートレックが描いたイヴェット・ギルベール、アリスティード・ブリュアンの肖像画、さらにはシャンソンの楽譜…

マサシさん

https://youtu.be/sWa6AktnxmQ10月に亡くなった、札幌でシャンソン歌手として活躍されていたマサシさんの最期のライブ映像を観ました。 数年前、私がたびたびお邪魔しているライブバー「Voice」さんにマサシさんがご出演されたのを機に、華やかなステージを…

『がいこつ亭 105号』

札幌在住の三神恵爾様が発行する個人文芸誌『がいこつ亭 105号』に寄稿しました。峰 艶二郎 「水の悟りーふたたび、ひがしのひとし」ひがしのさんは、フランスの男性シンガーソングライターのジョルジュ・ブラッサンスの影響を受けて、フォークシンガーとし…

日本最初の来日シャンソン歌手

日本最初の来日シャンソン歌手日本で最初に来日したフランスのシャンソン歌手といえば、昭和28年に読売新聞社主催で公演を開いたダミア(Damia)だと言われている。日本でシャンソンがブームになったのは、ダミアの来日がきっかけだったとも言われているくらい…

『シャンソン・ド・パリ』

明るい戦時下ー娯楽としての『シャンソン・ド・パリ』最近マイブームの、戦前のシャンソン史シリーズです。昭和13年、コロムビアレコードより『シャンソン・ド・パリ(Chanson de Paris) 第1集』が発売された。これは、SPレコード6枚組のボックス(というより…

昭和10年頃のシャンソン事情③

昭和10年頃のシャンソン事情 ③戦前のシャンソンブームの立役者・倉重舜介先日入手した、雑誌「音楽倶楽部 パリ流行歌(しゃんそん)特集」(昭和10年7月 楽苑社)を通じ、戦前のシャンソン事情の調査報告をするシリーズ最終回。雑誌を読むと、「シャンソニエール…

昭和10年頃のシャンソン事情②

昭和10年頃のシャンソン事情 ②当時人気のシャンソン歌手先日入手した、雑誌「音楽倶楽部 パリ流行歌(しゃんそん)特集」(昭和10年7月 楽苑社)を通じ、戦前のシャンソン事情が見えてきたので取り上げてみたい。まず見たいのは、この雑誌のタイトルである。 「…

昭和10年頃のシャンソン事情①

昭和10年頃のシャンソン事情 ①日本最初のシャンソンのレコード先日、雑誌「音楽倶楽部 パリ流行歌特集」(昭和10年7月 楽苑社)を入手した。 これを通じて、戦争が始まる前の昭和一桁代の日本のシャンソン事情について見識を深めることができたので、全三回に…

御礼♪無事終了

御礼♪無事終了『生きるーシャンソン歌手・深緑夏代』 ☆生誕100年記念 動画配信二日間にわたり配信した、故・深緑夏代さんのライブ動画は、無事に終了しました。 最終的な再生回数は、669回でした。 こんなに数多く再生していただき、企画者として感無量です…

生きる シャンソン歌手・深緑夏代 生誕100年記念動画配信

『生きるーシャンソン歌手・深緑夏代』 ☆生誕100年記念 動画配信本日より、配信開始しております。 9月24日(金)23時59分まで、YouTubeにて無料でご覧いただけます。アカウント「深緑夏代生誕100年記念」 https://youtu.be/zCsJCTMUdTQ【配信動画】 「シャン…

蜂鳥あみ太=4号

粧(よそお)いは暴力 ー蜂鳥あみ太=4号の夜Facebookを約5年続けて、この投稿が私のシャンソンに関する100本目の記事に当たる。自分なりの信念をもって、記事のテーマは厳しく見極めながら書いてきたつもりだ。塵も積もれば山となる、ひとえに嬉しい。そんな…

吉永小百合のシャンソン

吉永小百合のシャンソン先日、札幌の大丸セントラルにブロマイド専門店の「マルベル堂」が出店していたが、私の好きな浜田光夫さんのブロマイドが1枚も売っておらず、( ゚д゚)ポカーン となる。若かりし頃、小鹿(バンビ)のごとく愛らしかった彼は、映画で吉永小…

生きる シャンソン歌手・深緑夏代 生誕100年記念動画配信

告知です。シャンソン歌手の故・深緑夏代さんが生誕100年を迎えられることを記念し、生前のライヴの動画配信をいたします。深緑夏代さんは、戦後に宝塚歌劇団のトップスターとして活躍したのち、シャンソン歌手として日本のシャンソン史に功績を残されました…

シャンソンマガジン 2021年秋号

「シャンソンマガジン 2021年秋号」が届きました。 この度、拙いながら寄稿いたしました。お力添えくださった方々に、厚く御礼申し上げます。「空飛ぶ大殿ーシャルル・トレネ賛」 「北のパリ祭 第3回公演」御高覧頂ければ幸いです。今回はフランスのシャンソ…

森敦「月山」&岸洋子「月の山」

死体のある風景 作家とシャンソン③ ⛰️森敦「月山」作家の森敦は、1912年に長崎で生まれた。作家の横光利一に師事し、太宰治や中原中也らと同人誌を通じて交流をもった。 45年より、妻の故郷である山形県酒田市に住むも、その後は庄内地方を点々とするように…

綾部肇

以前、フランスの作曲家でピアニストのエミール・ステルン(Emile Stern)について調べたことがあった。その際に、「日本のエミール・ステルン」と呼ばれたピアニストがいたことを知った。綾部肇さんという人である。私は、生前の彼がシャンソン関係者に大変慕…

中原美紗緒

私が愛聴するシャンソンのアルバムのなかに、中原美紗緒さんの35周年リサイタルのCDがある。 1991年、銀座ガスホールにおけるライブ盤だが、シャンソン独特のしんみりした楽曲を廃した、華やかで健康的なステージだ。そうしたコンサートはつまらない、と思う…

岸洋子さんのお墓参りetc

先日、岸洋子さんのお墓参りに行ってきました。 岸さんのお墓は札幌にある、というのは、私の中では都市伝説のような話でしたが、霊園の職員さんにも調べていただき、お参りしてきました。 歌碑とかあるのかなー、などと思いながら伺いましたが、本当に一般…

吾が巴里よ(モン・パリ)

日本シャンソンの産声 「モン・パリ」から「パリゼット」まで日本で、シャンソンが歌われ始めたのは、何時のことなのだろう、という疑問がふつふつと沸き上がった。私も誕生日を迎えたことだし、日本におけるシャンソンの誕生日も調べてみようかという、好奇…

パリゼット

日本シャンソンの産声 「モン・パリ」から「パリゼット」まで ②昭和2年の「吾が巴里よ」の盛況により、宝塚歌劇団創設者の小林一三は、演出家の白井鐵造にパリ視察を命じる。 白井は、昭和3年にパリに渡ってレビューの見識を深め、昭和5年に帰国。その帰朝公…

『蛙たちのLe Quatorze Juillet』

こんなにも漆黒に覆われたパリ祭があっただろうか。7月14日はフランス革命記念日で、日本では「パリ祭」と称してシャンソンの催事があちこちで開かれる。 同時に、この日はフランスの男性歌手、レオ・フェレ(Léo Ferré)の命日でもある。フェレは、フランスで…