シャンソン愛

峰艶二郎(みね えんじろう)による、シャンソンについて綴るブログです。htmt-mth@ezweb.ne.jp

奥則夫

奥則夫のカンツォーネ、時々シャンソン

NHKのテレビ番組「世界ふれあい街歩き」を観た。この日、番組で取り上げられたのはイタリアのジェノバ。地中海に面した坂の多い街で、気候を生かした農園を耕す家族の映像などを観ると、ふいにカンツォーネが聴きたくなった。そして、棚から引っ張り出したのは、奥則夫というカンツォーネ歌手のレコードである。

奥則夫は三重県生まれ。音大を出て、二期会にも所属していたらしい。NHKのど自慢で全国1位を獲ったことでデビューする。
その後イタリアに渡り、カンツォーネを志す。現地では、国営放送のテレビに出演したり、歌手たちとの交流を深めた。
帰国後は、銀巴里などのライブハウスに出演するかたわら、NHK「花のステージ」、TBS「ドリフ全員集合」に出たという。東京だけでなく名古屋でも活躍していたそうだ。
現在はすでに故人。

彼の歌声は、若い頃の美輪明宏に似ていて、声楽家らしいベルカント唱法で朗々としている印象だ。しかしながら、作家の小松左京がライフノーツで「ナポリ海岸の魚とオリーブ油の臭気にみちた大衆向けの食堂で聴いたそれ(カンツォーネ)と、同じ「におい」が感じられた」と評したように、不思議と彼の歌声からはイタリアの風景が見えてくる。それは、奥の歌声がイタリアで仕込まれた本場のものだからであろう。

イーヴァ・ザニッキ「ほろ苦い河の流れ」(Iva Zanicchi「Un fiume amaro」)は、ギリシャで作られイタリアでヒットした楽曲らしいが、奥の歌声で聴くと、「世界ふれあい町歩き」で見た農園の風景が思い出された。彼の歌にイタリアの土の匂いを感じたからだ。

過去を水に写す その河の流れよ
私の運命をのせて 音もなく流れてゆく

奥則夫のレコードを聴いてもっとも驚いたのは、彼がカンツォーネ路線からフランスのシャンソンに挑戦していることだ。彼は銀巴里に出演していたこともあり、シャンソンもレパートリーにしているが、それは「カンツォーネ歌手が歌うシャンソン」というスタンスに貫かれている。なので、カンツォーネの楽曲のなかにシャンソンを混ぜても違和感がなく、より奥の歌の世界が広がっている。
彼は、シャンソンらしい三拍子のワルツのような楽曲は取り上げていない。彼が選んだのは、フランスの男性シンガーソングライター、アラン・バリエール(Alain Barriere)の楽曲であった。レコードにはバリエールの楽曲が数曲収められているが、なかでも「アンジェラ(Angela)」が出色の出来である。バリエールは、フランスのシャンソンがロックの影響を受け始めた頃に、それに染まらない曲作りをした歌手だったが、その楽曲の数々がカンツォーネとマッチするのは、意外なことであった。

私が手持ちの奥則夫のアルバムは4枚ある。左上から「魂のカンツォーネ」シリーズ1、2、左下より3、4となる。
カンツォーネシャンソンのコラボレーションの妙が聴けるのは、1と2である。ただ、1のB面に収録されたロック調の楽曲は私の受け付けるところではなかった。
3はシャンソン系の楽曲、4はカンツォーネナポリターナ(ナポリの民謡)に特化したアルバム。ただ、カンツォーネシャンソンの融合を図ったことが奥の魅力であると思えば、正直この2枚は物足りなさ感じる。特に、3に至っては、編曲者に早川博二、吉川正夫、不破武善、美野春樹、土岐雄一郎という一流のシャンソンのピアニストを迎えている豪華なものだけに惜しい。それでも、布施明カルチェラタンの雪」などは、単体でも大変聞き応えがあった。

ところで、銀巴里にはカンツォーネ歌手でありながらシャンソンを歌う、村上進という人がいた。村上もまた、日本で歌手活動をした後にイタリアに渡ってカンツォーネを志している。
しかしながら、奥と村上の楽曲を聴き比べると、お互い真逆の方向性であることに気づく。
奥が先述のナポリターナを中心にしていたのに対し、村上はイタリターナ(イタリアのレコード会社による流行歌)をレパートリーにしていた。同じカンツォーネでも、住み分けをしていたのだろう。

しかしながら、彼らのレパートリーで1曲だけ被っているものがある。オルネラ・ヴァローニ「逢いびき」(Ornella Vanoni「L'Appuntamento」矢田部道一訳)だ。
この楽曲は、既婚か本命の恋人がいる男性と不倫する女心を歌ったものである。しかしながら、奥と村上の歌詞の捉え方は、それぞれ異なっている。
奥が歌詞に沿って女心を切々と歌うのに対し、村上は「君の気持ちは分かるけど、僕の知ったこっちゃない」という男性目線の距離を置いた冷めた歌い方だ。歌詞に忠実に感情を込める歌い方と、男性としての核を意識し続ける歌い方、その点においても、彼らのスタンスは異なっていた。

シャンソン歌手がカンツォーネもレパートリーにするのは、もはや習慣化している。しかしながら、カンツォーネ路線からシャンソンを攻めるのは大変難しいことのようだ。村上進もまた、35歳まではシャンソンを歌わなかったというし、ひとつのジャンルを極めたからこそ、他ジャンルとの融合に苦心するものなのだろう。
奥則夫のアルバムを通じて、カンツォーネの魅力だけでなく、レパートリーを探して自分ものにしていくバイタリティーをも垣間見たような気がする。