シャンソン愛

峰艶二郎(みね えんじろう)による、シャンソンについて綴るブログです。htmt-mth@ezweb.ne.jp

吉原幸子

「吉原幸子シャンソンー現代詩はシャンソンになり得るか」

戦後活躍した女性詩人に、吉原幸子という人がいる。

原幸子(1932-2002)
東京生。東大仏文科卒。
大学在学中に演劇に親しみ、卒業後は劇団四季に所属した。退団後は、詩人の草野心平が発行する同人誌に参加する。
64年に第一詩集『幼年連祷』を発表し、以降は女性詩人として数々の文学賞を贈られ、第一線で活躍した。
詩人が自作の詩を自ら朗読するパフォーマンス「ポエトリーリーディング」の草分け的存在でもある。

そんな彼女は、シャンソンにも深い関わりがあった。

ひとつは、シャンソンの訳詞家としての顔だ。
どのような経緯で訳詞をしたかは不明だが、おそらく仏文科卒の詩人ということで、白羽の矢が立ったのではなかろうか。
彼女の訳詞で有名なのは、
シャルル・アズナブール「帰り来ぬ青春」(Charles Aznavour「Hier encore」)
だろう。
吉原の「帰り来ぬ青春」は、JASRACに登録された「法定訳詞」であり、レコード会社に所属する歌手がこの曲を歌うときは、彼女の訳詞で歌う。現に、尾崎紀世彦などは、吉原の訳詞で「帰り来ぬ青春」を吹き込んでいる。

しかしながら、私は吉原の訳詞をあまり評価しない。彼女の詩集に収められた作品があまりに素晴らしく、訳詞とのギャップが受け入れられないからだ。
だが、戸川昌子は吉原の訳詞を上手く歌っている。
アラン・バリエール「首吊り男」(Alain Barrière「Un homme s'est pendu」)
バルバラ「不倫」(Barbara「Amours incestueuses」)
がそれにあたるが、

みんな流れて行くのさ
ひきずって こらえて生きても
所詮は踏まれて つぶされて
ある朝 突然終わりさ
(首吊り男)

道は決めていた
静かに目をつぶり 歩み去るのだと
もう誰もいらない
私を埋める 秋に旅立とうと
けれども突然
光のなかに あなたがみえてしまった
(不倫)

などのフレーズは、さすが詩人のものであるし、戸川の歌声もその世界観に見事に合っている。おそらく、作家の顔も持つ戸川が吉原の才能を引き出せる楽曲を精査して依頼したのだろう。

原幸子には、親交のあった二人のシャンソン歌手がいる。
ひとりは小海智子(こかいともこ)。旧来の友人だったらしく、後述するシャンソン風に書いた詩「猫」を贈っている。
もうひとりは石井好子(いしいよしこ)。彼女は、吉原に訳詞を依頼したり、吉原が出演する催事に寄稿したりしている。

石井が吉原に依頼した訳詞のなかで面白いのが、ソ連のシンガーソングライター、ヴラジーミル・ヴィソツキーの楽曲である。これは、石井が1992年パルコ劇場のリサイタル用に訳詞させたものだ。
ヴィソツキーは、ソ連の体制批判を歌った歌手で、自国では活動できず、フランス人の妻を通じてフランスでレコーディングした。そのため、シャンソン関係者の間で彼の認知度は比較的高かった。
石井もまた難民問題に取り組んだりなど、政治問題に関心があったので、ヴィソツキーの曲をレパートリーにしたのだろう。
とはいえ、それらの吉原の訳詞は前述のように特筆すべきものはなく、どうせならば古賀力や「うたごえ」系の訳詞家に頼んだ方がよかったのではないかとすら思う。
ちなみに吉原のヴィソツキーの訳詞は、石井からシンガーソングライターの新井英一に受け継がれている。

ところで、吉原幸子シャンソンに対して、訳詞家とは異なる顔でアプローチを試みている。
それは自身の作品に曲をつけた、いわゆる「日本のシャンソン」を生み出す、創作者としての顔であった。

その軌跡は、79年発売のLPレコード『うた狂い』に収められている。
これは、ギターリストの中村ヨシミツが吉原の作品に曲をつけて、シャンソン歌手の高橋ていこが歌う、というものであった。
レコードのライフノーツを読むと、中村ヨシミツは詩人のポエトリーリーディングに伴奏したり、「日本のシャンソン」を目指したオリジナル曲を作る活動をしていたとある。また、高橋ていこは、演劇を経験したのち、中村とシャンソンを志すも満足いかなくなり、吉原の作品を歌うことで自分の目指す方向性を見出だしたとある。
このレコードが、シャンソンを下地にした三人が集って「日本のシャンソン」を創出した集大成なのが分かる。

レコードを聴くと、まず中村の作曲の素晴らしさに息をのむ。シャンソンはもちろん、現代音楽、歌謡曲、フォーク、琵琶歌など、様々な曲調で吉原の詩の世界が表現されている。それに合わせて、七色の歌声を披露する高橋も凄まじく、時にシャンソン歌手、時に藤圭子のような怨歌歌手に変貌し、聴く者をゾクゾクさせる。

収録曲から、シャンソン調のものを挙げるなら、前述の「猫」である。78年に作られ、詩集『魚たち、犬たち、少女たち』に収められている。

そしてあの日 ノックもせずに
あの猫がするりと入ってきたの
黒い猫 みえないねこ
〈とき〉と名のって そこに座った

果物ナイフで猫に切りつけた
手がすべって 私の静脈が切れた
たくさんの涙がそこから溢れた 
なぜかあの猫 
私にだけは さも優しそうに傷口をなめて
あれから懐いて ずっとそばにいます。

前述したように、この詩は吉原が小海智子に贈ったのものであるが、小海は歌うことなく高橋によって歌われた。小海が歌っても上手そうな曲だが、私には彼女が現実的なシャンソンを歌っているイメージがないので、そこを本人も意識したのかもしれない。

また、「祈り」(同上の詩集に収録)という詩も美しい。

わたしを解き放ってください
わたしはステンドグラスの影に染まった床の上の
小さなしみを見つめているのです

ここに このじっとしたひとりの場所に
わたしを解き放ってください

ところで、レコードの冒頭と末尾は、吉原自身のポエトリーリーディングが収められている。中村の即興的な伴奏にあわせて、自作を朗読する吉原の肉声に感動した。それはフランスの詩人たちが活躍したパリのサンジェルマン・デ・プレの雰囲気そのものである。

このレコード「うた狂い」には、ひとつの問いがあると言ってよいだろう。
それは、

「日本の現代詩はシャンソンになりうるか」

というものである。

かつて吉原幸子以前にも、シャンソン界では「日本のシャンソン運動」というものが興り、谷川俊太郎を筆頭とした詩人たちが、自作に曲をつけようとしていた。しかし、この運動の目的は「大手レコード会社による流行歌ではない、民衆の手による流行歌の創出」という、イデオロギー色の強いものであった。やがて、この運動はシャンソンブームが去って消滅する。一方、谷川俊太郎武満徹と組んで「死んだ男の残したものは」などを世に送り出して、詩が「歌」になることを証明した。それに続いたのが、吉原である。

フランスのシャンソンには、文学者の作品に曲をつける「文学的シャンソン」というジャンルがある。私は常々、日本のシャンソン歌手が、日本の文学詩に曲をつけて歌ったら良いのではないか、と思っていた。フランスの詩に曲をつけたものを下地にして、日本の詩を歌い手として見つめることができるのが、日本のシャンソン歌手の強みとなるのではないだろうか。

私がその問いを意識する上で注目しているのが、

あやちクローデル&イーガル

という男女ユニットである。
現代音楽家としての経歴を持つイーガルが日本の現代詩に曲をつけ、「青い部屋」などで歌手活動をしてきた、あやちクローデルが歌う。
あやちクローデル&イーガルは、吉原幸子を筆頭に、寺山修司立原道造などの作品をレパートリーにしており、吉原作品にいたってはそれらを管理する吉原純から使用許可を受けているという。
あやちクローデル&イーガルのCDアルバムを聴くと、それぞれの詩の世界観に曲を添えている印象で、前述の中村ヨシミツが作曲において様々な冒険を試みているのとは異なる。こちらは、詩集を読んで感じたイメージを曲にして歌っているように思った。

現在はまだアルバム化されていないが、
あやちクローデル&イーガル「共犯」
という曲は特筆すべきものだ。これは吉原の長編詩「共犯」(『昼顔』収録)に曲をつけた、30分近くの大曲である。私はこれを吉原の詩集を開きながら聴いた。歌は耳で聴くものとはいえ、現代詩のシャンソンは詩集を開きながら聴くことで、より深く楽しめるように思った。

現代詩は、歌詞として作られていない。
なので現代詩のシャンソンは、誰もが愛唱したり酒場でグラス片手に楽しむような曲にはならないだろう。
しかしそれとは相反する、黙々と聴くための歌があっても良いはずなのだ。そこにあるのは、聴き手の共感である。歌を通じて詩の世界に思いを寄せることは、音楽の新たな楽しみ方になり得るはずだ。

その「新スタイル」を提唱できるのが、日本のシャンソン歌手であると、私は確信している。
日本のシャンソンは、フランスから日本へ「越境」できるか。
その鋭意は、シャンソンというジャンルに新境地をもたらす可能性を秘めている。