シャンソン愛

峰艶二郎(みね えんじろう)による、シャンソンについて綴るブログです。著書『戦前日本 シャンソン史』(1500円.完売)。htmt-mth@ezweb.ne.jp

青木裕史

12月19日、シャンソン歌手の青木裕史(あおきひろし)さんが亡くなりました。
ご冥福をお祈りいたします。

以前、私はFacebookで青木さんが「青木清」の名義で発売したレコード「みちのく慕情」を紹介したことがありました。この楽曲の存在は、青木さんのホームページにある「えっせい」で知りました。それを読みますと、お若い頃の青木さんが、レコード会社の専属歌手として活動するゆえの意に沿わない仕事の辛苦に耐え、それでも仕事のやりがいを見つけて奮闘するお姿が回想されており、私自身サラリーマンとして大変尊敬いたしました。
音大時代の日本の声楽への疑問からポピュラー歌手に転じ、流行歌手としての慣れない地方や夜の店のキャンペーン活動やレコード売上成績の責苦を味わいながらも、シャンソンを歌うことの憧れを常に忘れなかったと言います。やがて青木さんは、石井好子さんなどの先達に認められ、シャンソン歌手として長く活動しておられました。
どんな状況でも、自分の中に強い信念を持つことが生きる希望であることを、青木さんの半生を通じて知ったように思います。

青木さんが歌われたシャンソンで、私にとって印象的なのは「かもめ(Les goélands)」という曲です。ダミア(Damia)という女性歌手が歌った曲でした。
一般的には薩摩忠さんの日本語訳詞が知られております。ですが、青木さんは山川啓介さんの訳詞を歌われておりました。
最初に山川さんの訳詞を歌ったのは岸洋子さんでした。この歌詞は、ダミアのオリジナルの歌詞とはかけはなれた山川さんの創作です。ですが、歌詞に描かれる清らかな朝焼けの海の景色と鎮魂の精神は、讃美歌のように神々しく美しいです。
私は、この楽曲を青木さんのアルバム『風のルフラン』で聴きました。そのときは、あえて岸さんの「かもめ」を歌っているので珍しいな、と思いましたが、調べてみますと青木さんはこの曲を岸さんへの追悼を込めて録音したそうです。この曲は岸さんの膨大なレパートリーのなかでもマニアックな部類に入ると思いますが、あえてこの曲を追悼に選んだことに青木さんの思いを感じます。
改めて聴きますと、歌詞の世界を丁寧に歌われ、崇高な祈りの世界を描いておられるのを感じました。

私事ですが、青木さんは私がFacebookに書いた「みちのく慕情」の記事を、それを読んだ方を通じてご存知だったと伺っておりました。私のような見ず知らずの者の拙稿にお気を留めていただいたことに、大変感謝する次第です。