イラストレーターの和田誠が死去した。
和田のイラストは70年代以降レコードジャケットなどでよく見かけるが、あの人懐っこい絵は惹かれるものがある。また、私が学生の頃に読んでいた星新一や阿刀田高の著作の表紙絵は今見ても懐かしい。最近だと、テレビ番組「サワコの朝」のオープニングのアニメーションに使われていた。
シャンソン歌手の岸洋子は、和田の近所に住む友人だった。作曲家としても活躍していた和田は、詩人の高橋睦郎とともに、岸にレコード製作の依頼をする。そして1970年に作られたのが
「眠りの国へ」(ジャケットは和田のイラスト)
である。
「子守唄は、子供のための歌であると同時に、大人がうたう歌である」というコンセプトのもと、高橋による童話チックな歌詞に和田がやさしいメロディーをつけ、岸が歌唱した。当時の岸は、前年に名曲「希望」がヒットしたことで、多忙なスケジュールをこなしていた。そのなかでレコーディングを行なって完成するも、数ヵ月後に膠原病で倒れてしまう。自伝『さくらんぼの楽譜』(表紙は和田のイラスト)によれば、病院のベッドで「眠りの国へ」のマスターテープを聴き、これが自身の最期のアルバムになることを覚悟したという。
この「眠りの国へ」は自主製作盤で非売品。和田が知人に配って歩いたそうだが、のちに大手レコード会社がCD化している。岸もまた膠原病から復活し、歌手活動を再開した。
そして1991年、岸は生涯最期のリサイタルのエンディングで、『眠りの国へ』の中の1曲「おまえの生まれた日」を歌っている。
「ぼうやが生まれた日は、パパとママにはかけがえがない」
という主旨の曲であるが、歌い終えた岸が客席に向かって、「おやすみなさい」と言って幕が下りる。かつて自身の最期になると覚悟したアルバムに収められた曲で、自身のラストライブを締めてしまったことに、奇縁のようなものを感じずにはいられない。
和田が死去したニュースを受けて、岸の「おやすみなさい」の声が甦った。去ってゆく者は、眠りの国へ向かうのだろうか。