シャンソン愛

峰艶二郎(みね えんじろう)による、シャンソンについて綴るブログです。著書『戦前日本 シャンソン史』(1500円.完売)。htmt-mth@ezweb.ne.jp

漫画「黄昏流星群」のシャンソン

岩見沢シャンソン酒場People」の興奮が冷めやらぬなか、次ような漫画があるのを思い出しました。

弘兼憲史の漫画「黄昏流星群」は、中高年の男女の恋愛を通じて、折り返し地点の人生をいかに生きるかというテーマを描いた短編作品群である。
その単行本の第4巻に収録されているのが、「流星美人劇場」というストーリーだ。

60代初頭の女性ふたりは、30年以上にわたり、新宿で「シャンソンbar ラ・メール」という店を経営している。とはいえ、若かった頃は男性客が沢山来たが、今はさびれてしまい、酔っ払った客に法外な値段をぼったくる店に成り下がっている。

ある雨の日、店に大学教授を名乗る初老の男性客がやってくる。そして、ウイスキーを飲みながら、ジュリエット・グレコのレコードを所望するところから、ストーリーが展開してゆく。

この「シャンソンbar ラ・メール」は、漫画のコマを見る限り、歌手が出演するライブハウスではなく、シャンソンのレコードを聴かせる店のようだ。こうしたスタイルの店は、昭和30年代に駿河台にあった「ジロー」(現在も数多くの飲食店を展開する「ジローレストランシステム」の第1号店。ちなみに、お茶の水「ジロー」は2号店に当たる)を筆頭に、都内に多く存在した。作家の五木寛之が学生時代に通った新宿「モンルポ」や、シャンソン歌手の仲マサコさんのお母様が経営されていた広島初のシャンソン喫茶も、このスタイルであった。
こうした、かつて存在したお店の様子を描写している点で、この漫画は面白い。

ところで漫画の中で、店のママと客の大学教授は、グレコのどの楽曲を聴いているのだろうか?
曲名は明示されていないが、私が思い付くのは「ノン・ムッシュ、私は二十歳じゃないの」という楽曲だ。

私は、20歳の時
もうすっかり、「はずれて」いたわ
口に「嵐」をくわえたように
それは見事に、滅茶苦茶だった
死者たちと私は踊っていた
それから、私たち、白い夜明けに
黄金時代を作ったわ
私はいつも、この同じ朝日を
しっかり抱きしめている
 
ノン・ムッシュー、私は20歳じゃない
(中村敬子訳)

二十歳のときは、呆れるようなメチャクチャな人生の過ごし方をしていたが、その経験を踏まえて今の私がある、といった内容の楽曲だ。
若い頃を儚むのではなく、その経験値を踏まえた現在の人生を見つめる、これは「黄昏流星群」のテーマと一致する。
1曲のシャンソンをキーワードにドラマが動き出すあたり、やはりシャンソンは人生の歌だと思う。

ちなみに「流星美人劇場」のなかでシャンソンが登場するのはこのシーンのみで、ストーリー全体としては、その他の作品に比べてやや凡庸。
同じ第4巻に収録されている、落ちぶれたフランスの2つ星レストランのコックが、駆け出しの料理人の若者にフランス料理の作り方を叩き込む物語「星のレストラン」のほうがオススメである。