シャンソン愛

峰艶二郎(みね えんじろう)による、シャンソンについて綴るブログです。著書『戦前日本 シャンソン史』(1500円.完売)。htmt-mth@ezweb.ne.jp

伊東はじめさんの55周年記念コンサート

薔薇色のランナー 伊東はじめさんのコンサート映像

昨年開催のシャンソン歌手・伊東はじめさんの55周年記念コンサートのDVDを購入させて頂きました。

かねてより私は、伊東はじめさんのコンサートのCDやYouTubeでの動画を通じて、そのステージに魅了されておりました。伊東様の高らかで伸びやかな歌声はもちろんのこと、見ごたえのあるステージアクトもまた深い魅力をたたえています。
フランスの歌手、イヴ・モンタンのコンサートは、1曲ごとに振り付けが決められ、念入りなリハーサルのもとで開かれたと聞いております。伊東さんのステージは、まさにモンタンを踏襲したものです。
メロディに合わせたしなやかな身のこなし、ジャケットの襟を少し正すだけで、誇りに満ちた男が現れ、ネクタイを少し直すだけで、はにかんだ男が現れる表現力に目をみはりました。そして、マイクを持たない手の指先にググッと力が入っていくのを目の当たりにして、私は伊東様のダンディズムとコンサートにかける闘志を思わずにはいられませんでした。

モンタンの「ア・パリ」「グラン・ブルバール」を歌われるときの軽快なステップとチラリと見えるエメラルド色のジャケットの裏地に色気を感じ、「ジプシーの恋歌」などのラブソングを王の審判のように歌われる威厳に打ちのめされ、「老音楽士」の深々としたお辞儀に何人も近寄れない神聖さを垣間見ました。

私は、伊東さんのコンサートはアスリートの競技のようだと、常々思っておりました。
例えるなら、一本のコースを風のように走るランナーで、1曲1曲がレースの駆け引きのごとく研ぎ澄まされているように感じておりました。そして、ランナーの背中には常に薔薇の花びらのシャワーが降り注いでいる、ストイックさと華麗さが交じりあった、唯一無二の世界観が立ち上がってくるようでした。

今回のコンサートでは、アスリートのレースのなかに、ふと速度をゆるめて、背中ごしに薔薇の香りを楽しむような、慈しみに満ちた時間があるように思いました。
「遠い想い出」「マリー・マリー」の、男の優しさが感じられる曲を歌われるときの、穏やかな表情と台詞のトーンは、伊東さんのお人柄にせまるものがあり感動的でした。

私は、伊東さんは「薔薇色のランナー」だと存じます。これからのコンサートで、また素晴らしいレースを、ぜひとも生で拝見したい所存です。

峰 艶二郎