シャンソン愛

峰艶二郎(みね えんじろう)による、シャンソンについて綴るブログです。著書『戦前日本 シャンソン史』(1500円.完売)。htmt-mth@ezweb.ne.jp

悼 藤田順弘氏

 

悼 藤田順弘氏

世の中には、ありとあらゆる残酷さに溢れている。例えば、戦争はもちろん、差別や迫害、身近なところでは突然の余命宣告など、挙げればきりがない。
こういった残酷さを楽曲として歌うとすれば、思想的になったり、啓蒙的になったりするかもしれない。楽曲は、演者と聴き手によって成り立つことを考えれば、独りよがりな表現は良い作品とは言えない。
それでも、私がそんな歌が創られることに期待を寄せているのは、藤田順弘氏の存在があったからだ。

藤田氏は、劇団員の経験を経て、宇井あきら氏のもとでシャンソンを学び、1969年に「銀巴里」のオーディションに合格、翌年には渋谷のライブハウス「ジァンジァン」のオーディションにも合格している。
その後は、歌声喫茶「ともしび」で司会業をしていた。それに平行して、シャンソンやオリジナル曲をレパートリーにして歌手活動をし、現在まで現役で歌われていた。

藤田氏は、シャンソンではジャック・ブレルの楽曲を多くレパートリーにしていた。
中でも、まさに余命宣告を受けた男のシャンソン「孤独への道」は傑作であった。
死を目前にして、それを受け入れきれず「待ってくれ!」と絶叫する男の心の内が痛々しいほど伝わってくる。

オリジナル曲の「ガソリンまみれのオートバイ」は、沖縄の実話がもとになっている。ガソリンまみれのオートバイを修理する少年に、米兵が放火する内容だ。
熾烈な沖縄戦から地続きの不条理な「戦後」の実像が、淡々と描かれる。

藤田氏が、こうした楽曲をレパートリーにして、独りよがりにならずに歌ってきたのは、楽曲の作詞や訳詞を、文学詩人の赤木三郎氏が手掛けたからであろう。
赤木氏は、シャンソンの歌詞やルポタージュを文学詩に仕立て、藤田氏はその「朗読者」的スタンスに徹していた。藤田氏の歌い手としての持ち味は、感情表現やヒロイズムを排した、冷徹な客観視線にあった。
そして、それは楽曲を聴く者に、この世のありとあらゆる残酷さについて、思いを馳せるきっかけを与える有用な表現方法だったと言える。

その藤田氏の突然の訃報に、私の心は乱れている。
シャンソンを聴く上で、音楽について知見を広めていく上での心棒のひとつが折れてしまったような気持ちだ。藤田氏の逝去は、ひとつの歌の表現の死のように思えてならない。

合掌