「アパッシュの唄」という和製シャンソン
岡大介さんは、明治大正の演歌師(演説歌)の系統を継ぐ人である。
今回、すすきのの飲み屋数軒を岡さんが「流し」をするというので、「焼き鳥じゃんぼ」さんの一席で観覧した。
演説歌は、自由民権運動の高揚とともに発展したので、歌詞に政治批判や社会批判が盛り込まれる。
正直それを聴くというのはどんな心地だろうか、という不安もあった。
だが、今回の岡さんのライブを見て、この演説歌というものは非常に面白く痛快なのが良くわかった。
昭和歌謡や、明治大正のはやり歌で盛り上げながら、場が湧き上がったところで、さらりと皮肉を歌ってみせる。
それは自分が頭の中で思っていたことで、それを演歌師が代弁してくれて、それによって周りの観客たちも盛り上がる、その場の連帯感が楽しかった。
なので、これはライブハウスで耳を傾けるものではなく、盛り場や街角のガヤガヤしたなかで聴くものだと思った。
これぞ「流し」という芸なのである。
さて、今回私は「アパッシュの唄」という楽曲をリクエストした。
これは、大正時代に作られたパリを舞台にした楽曲で、日本最古の和製シャンソンである。
アパッシュとは、モンマルトルで強盗などに手を染めていた若者のことだという。
「花の巴里のどん底で、貧しさゆえの盗みの稼業。顔で笑って、心で涙」といったような歌詞である。
大正時代の日本も貧富の差が激しい社会であり、フランスのパリとてそれは同じ、という意味合いで作られた楽曲だと思われるが、その内容が同時期にモンマルトルの歌手、アリスティード・ブリュアンが歌っていた現実派シャンソンと共通するのは驚くべきことだ。
おそらく当時の演歌師や音楽家は、「シャンソン」という名前は知らずとも、フランスにも生活苦や貧困苦を歌った歌謡曲が存在することを知っていたのではないだろうか。
「アパッシュの唄」が作られた頃は、堀口大學のフランス翻訳詩集『月下の一群』が刊行されたこともあり、パリの雰囲気を伝える題材も存在した。
宝塚歌劇団がシャンソンを紹介するのは昭和に入ってからだが、それ以前の日本に本家よりも前に和製シャンソンが作られていたというのは面白いことだ。