
「渋谷系」というのは、1990年代に興った若者文化で、その特徴のひとつとしてレトロ趣味を挙げることができるでしょう。
1950〜60年代のフランスのファッション、ヌーベルバーグの映画、そしていわゆるフレンチ・ポップスが新鮮味をもって迎え入れられたのでした。
そして、レトロな雰囲気を自身のイメージに取り入れて活動するアーティストが出てきました。
カヒミ・カリィさんやコシミハルさん、そしてなんと言っても音楽グループ「ピチカート・ファイヴ」のボーカル、野宮真貴さんは歌もファッションセンスも抜群です。
ピチカート・ファイヴの代表曲「東京は夜の7時」のPVをご覧ください、思いっきりヌーベルバーグの映画のオマージュですから。
そのピチカート・ファイヴのフロントマンが、小西康陽さんです。
小西さんは小学生のときから音楽に目覚めてレコードコレクションをしはじめ、大学生になると名画座で年間200本の映画を観たそうです。
そんな小西さんの才能をさらに開花させたのが、「ノン・スタンダード」というレコードレーベルを主宰していた、Y・M・Oの細野晴臣さんでした。
この「ノン・スタンダード」では、現代の流行の最先端を追うのではなく、むかし流行ったレトロなものから新しさを探索することをモットーにしていたらしいです。
小西さんの音楽や映画に関する博学と細野さんのモットーは、まさに水魚の交わりだったのではないでしょうか。
そして、1985年にこの「ノン・スタンダード」からピチカート・ファイヴはデビューすることとなります。
1990年には、ピチカート・ファイヴの3代目ボーカルとして野宮真貴さんが加入し、その音楽性とルックス面は最高潮に達したのでした。
ところで、「渋谷系」とフレンチ・ポップスの関わりに可能性を見出していたのが、シャンソン評論家の永瀧達治さんでした。
永瀧さんは、セルジュ・ゲンズブール、ボリス・ヴィアンの音楽やぶっとんだ精神を日本に紹介しつつ、「渋谷系」のアーティストをはじめとする若者たちに声をかけて、シャンソンを歌わせるトリビュートアルバムを製作します。
1995年「ゲンズブールトリビュート」、96年「拝啓、越路吹雪様」2002年「暗い日曜日トリビュート」などが挙げられます。
これらのアルバムのなかで、小西さんはアレンジャー(編曲者)として参加し、夏木マリさん「海、セックスそして太陽」、有近真澄「サ・セ・パリ〜セシボン」を手掛けます。
これらのCDの収録曲の大半が若者向けの歌唱とアレンジのなかで、小西さんの手掛けた楽曲は日本のシャンソンファンにも聴きやすいものとなっています。
これだけ聴くと小西さんは日本のシャンソンに優しい人かと思うのですが、2012年の小泉今日子さんのアルバム「コイズミ・シャンソニエ」に収録されている「わが麗しの恋物語」は、クミコさんの楽曲のイメージで聴くと、ひどく裏切られた気持ちになるアレンジです。
小西さんにとって、小泉さんはロリータ的存在なのでしょう。
さて、「渋谷系」とシャンソンの関わりで、もうひとつ注目したいのは、フレンチ系DJというジャンルです。
DJというと、ヤンキーたちが集まるクラブで、2枚のレコードを「キュキュキュ!」とまわしながら流す音楽、というかパフォーマンスのように思うかもしれません。
このDJ(ディスクジョッキー)とは、レコードをまわしているプレイヤーが、様々な楽曲を次々と流すもので、「この楽曲の次にこの楽曲を選ぶか!」という選曲のセンスや、楽曲と楽曲のツナギ目をいかに違和感なく切り替えられるか、などを楽しむものです。
言うならば、プレイヤーがこれまで聴いてきた音楽やレコードのコレクション、そして音に対する感性などが豊富であればあるほど、センスの良いDJミュージックとなることでしょう。
ちなみに小西さんは、DJのプレイヤーとしても知られています。
フレンチ系DJとは、その名の通り、フランスのシャンソンやジャズなどを中心に構成したものです。
その名盤と呼べるものが、2021年に小西さんの監修で発売が始まった「レディメイド未来の音楽シリーズCDブック篇」の第3集「わたくしのサンジェルマン・デ・プレ」です。
このアルバムは、三浦信さんによるフランスのシャンソンやジャズ、インストゥルメンタル曲で構成されたDJミュージックが収録されたCDと、それにインスパイアされた小説が記された本が付属しています。
ちょうど、この「わたくしのサンジェルマン・デ・プレ」が発売されたときは、コロナ禍まっただなかでした。
世界中がロックダウンし、産業が停止し、外出が禁止され、買い物はウーバーイーツ頼りの頃でした。
この本に収録された小説は、まさにこのコロナ禍が収束しないまま時が過ぎてしまった近未来のパリが舞台。
音楽業界も産業として崩壊し、人々はアンティークショップで古いレコードを探して聴くようになっています。
なので、このCDの三浦さんのフレンチ系DJは、1950〜60年代のフランスの音楽を中心に構成されています。
これを聴くためには、シャンソンに対する文化的な知識は必要なく、ただただ音の面白さを楽しめば良いだけです。
この本には小説だけでなく、小西さん、野宮さん、カヒミ・カリィさん、永瀧さんといった、「渋谷系」で活躍した人達の寄稿も収録されています。
「わたくしのサンジェルマン・デ・プレ」は、コロナ禍によって変わってしまった世の中への不安のはなで、「渋谷系」のフレンチ関係の人々が咲かせた大輪の花だったと言えるでしょう。
コロナ禍のとき、シャンソンは滅ぶと流言されるなかで、「渋谷系」からこうしたアクティブな発信があったことは、注目せねばなりません。
小西さんは、きっとこれからもフランスの音楽と関わり、新たな作品を手掛けられるでしょう。
これからもその活動に刮目していきたいです。
画像は、「わたくしのサンジェルマン・デ・プレ」と野宮真貴さんがフレンチポップスをカバーしたアルバム「男と女」