シャンソン愛

峰艶二郎(みね えんじろう)による、シャンソンについて綴るブログです。著書『戦前日本 シャンソン史』(1500円.完売)。

悼 出口美保さん

出口美保さんは、シャンソンのことを「うた」と言わず「お話」と言った。
それは、1曲のシャンソンを自身が経験した思い出と結びつけて歌うからである。

数年前、私は大阪に出口さんのライブを観に行ったが、そのときのプログラムのグレコの「街角」は、自身の幼少期に酒瓶を持って走って転び、割れたガラスで手を切ってしまったことや、空襲で逃げ惑うさなかに見た四天王寺の塔が火焔を巻き上げて燃えている光景の思い出話とともに歌われた。
さくらんぼの実る頃」を歌うときは訳詞者であり師匠でもあった菅美沙緒さんの記憶、「考える暇もなく時は過ぎていく」は2児の母としての経験に裏打ちされていた。
出口さんはシャンソン以外の曲も得意で、「ラストワルツ」「神田川」「かあさんのうた」には、心に秘めた思いが歌に放出されていた。
出口さんの内には、岸田劉生の「麗子像」のような少女がいて、シャンソンを介して我々の前に出現していたのではなかろうか。

だが、出口さんは記憶のなかにいる人々と馴れ合うことはない。
それはベコーの「おお我が友よ」に現れていて、彼女は人生で出会ってきた沢山の「我が友」の首根っこを掴んで引きずり出すような迫力があった。
その激情が「出口美保」の魅力であり、表現者としての矜持なのだ。

出口さんがコンサートの最後に歌うのは、中島みゆきの「ヘッドライト・テールライト」だった。
NHKの「プロジェクトX」のエンディング曲として知られるが、出口さんもまた自身が「挑戦者」であるという自負があったのではなかろうか。
それは、シャンソンという枠を超えて、出口さんという人の生き様として、我々の心を捉えてやまない。