
1991年の『週刊新潮』(9月14日号)には「銀座の秋を彩る「シャンソニエ」の経営者」という記事が掲載されている。

まだ日本の9月が涼しかった頃、仕事帰りの男たちは夏のビアガーデンから、秋の風情を感じるためにシャンソニエに鞍替えをしたという。
この記事で面白いのは、この頃にシャンソニエが「シャンソン歌手のいる飲み屋」を指す呼び名として定着したと書いてあることだ。
そして「銀巴里」は、歌をステージから聴かせるライブハウスなのでシャンソニエではないらしい。
現在では、シャンソンの店といえば飲酒をしながらライブを観覧するというのが当たり前なだけに、「銀巴里」時代にはこのような区別が存在していたことに驚く。
記事では、銀座のシャンソニエのオーナーとして「蛙たち」の横井浩二さん、「鳩ぽっぽ」の斉藤勉さん、「マヴィ」の日高なみさんに取材し、それぞれの歌手としての経歴と店主になるまでの遍歴が語られる。
それにしても週刊誌らしくその内容は赤裸々でビックリする。
それでも、横井さんがオーナーになる前の「蛙たち」は俳優の森雅之さんが常連で俳優仲間の岡田茉莉子さんを引き連れてきたエピソードや、斉藤さんの「シャンソニエは銀座では効率の悪い商売だが、自分たちが歌える店が欲しくて作った」という抱負や、日高さんの「マヴィ」が文壇の作家たちに愛された秘話は、読んでいて楽しい。
30余年が過ぎ、この御三方はすでに幽冥を異にしている。