シャンソン愛

峰艶二郎(みね えんじろう)による、シャンソンについて綴るブログです。htmt-mth@ezweb.ne.jp

石井好子・生誕100周年「フランス こどものうた」

シャンソン歌手の故・石井好子さんの生誕100年を記念するCDアルバム「フランス こどものうた」(キングレコード.2200円)を聴きました。

こちらには、フランスの童謡をはじめ、シャンソンを子供向けの内容の歌詞に仕立てた楽曲が収録されています。
石井好子さんが「歌のおねえさん」のように、子供の目線を意識した歌唱をされているのが印象的です。石井さん自身が手掛けられた訳詞も、平易な言葉や耳に残るフレーズが生かされているのを感じました。
思えば、いまなお歌われているフランスの童謡「クラリネットこわしちゃった」は、石井さんの訳詞なのですよね。
シャンソン歌手としての石井さんを知る方に、このCDアルバムを通じて新たな魅力を知って頂きたいです。

今年の春頃、福島県本宮で遊佐徹さんがパーソナリティーをつとめられているラジオ番組「ドラムでポン!」で、石井さんの童謡が特集されたことがありました。
それを聴いておりましたら、シャンソンなど聴いたことがないはずの私の母が、楽曲を口ずさんでいてびっくりしました。なんでも「フランスの曲とは知らなかったけど、子供の頃に聴いたことがある」とのことでした。
おそらく、子供向けのラジオやテレビ、レコードなどでフランスの童謡を聴く機会があったのだと思います。

この石井さんのCDアルバムは、私の母の世代には懐かしく、お子さんには新鮮に聴くことができると思います。
お子さんに「この曲はね、フランスの子供の歌でね…」と説明するのは難しいかもしれませんが、大人になって「子供の頃に聴いた、あの曲は何だったんだろう?」と思い出すことがあるかもしれません。
音楽の楽しみは、そういったところにあると思います。

日本全国、世代をこえて、広くこのCDアルバムが手元に届きますことを願っております。

88年「シャンソン・ア・神奈川」


興味深いカセットテープを見つけました。

『ブーケ・ド・シャンソン 愛の讃歌/枯葉』
(CBS/SONY 1994年)

こちらのテープは、1985年12月12日に神奈川県民大ホールで開かれた「シャンソン・ア・神奈川」(主催・大庭音楽事務所)の音源が収録されています。
さすが、日本でシャンソンが華やかな頃のコンサートだけあって、出演者が豪華です。

深緑夏代さん「パリ・パナム」
広瀬敏郎さん「八月のパリ」
池田かず子さん「メランコリー」
井関真人さん「おお我が人生」
戸川昌子さん「行かないで」
芦野宏さん「バラ色の桜んぼの木と白いリンゴの木」
淡谷のり子さん「愛の讃歌

堀内美紀さん「毛皮のマリー
伊東はじめさん「思い出の瞳」
瀬間千恵さん「貴婦人」
堀内環さん「バラ色の人生」
小海智子さん「年老いた夫婦」
中原美紗緒さん「聞かせてよ愛の言葉を
石井好子さん「枯葉」

【演奏】「岩間南平クインテット
【コーラス】谷古晴美さん、龍野めぐみさん、永井多香子さん

出演者と曲目共に、一流尽くしのプログラムです。淡谷さんに至っては、私世代では歴史の教科書に載っているような方なので、シャンソンのコンサートに出演されていたというのが、感慨深いです。ちなみに、淡谷さんのときだけは、藤原和矢さんがピアノ伴奏をつとめられてます。

日本がバブルだった頃、シャンソンは時代の高級志向の波に乗って親しまれていたそうです。
その当時の雰囲気を伝える資料としても貴重な音源だと思います。

貴重という点では、このカセットだけでしか聴けない曲があるのも嬉しいです。
深緑さんの「パリ・パナム」はリサイタル等の定番曲だったのに、何故か自身のレコードやCDアルバムには収録されていません。お弟子さん3名をコーラスに従えて、華麗に歌い上げてます。
池田さん「メランコリー」は最も貴重で、多分その歌声を聴けるソフトはこのカセットテープのみなのではないでしょうか。多分、レコードやCDを出されてない方だと思います。音に厚みのある品のある歌声で、思いがけずその魅力に引き込まれました。
芦野さんの優しい弾き語りによる「バラ色の桜んぼの木と白いリンゴの木」は、幸福感に満ちた曲。シャンソンは失恋や小難しいことを歌った曲だけではないというのを、歌い手としてのキャラクターに寄せて体現されて来られたのだと深く感じました。

それにしても、こうしたシャンソンのコンサートの音源をカセットに収録して販売していたものは、他にもあるのだろうか。
叶うことなら、色々な音源を聴いてみたいです。

伊東はじめさんの55周年記念コンサート

薔薇色のランナー 伊東はじめさんのコンサート映像

昨年開催のシャンソン歌手・伊東はじめさんの55周年記念コンサートのDVDを購入させて頂きました。

かねてより私は、伊東はじめさんのコンサートのCDやYouTubeでの動画を通じて、そのステージに魅了されておりました。伊東様の高らかで伸びやかな歌声はもちろんのこと、見ごたえのあるステージアクトもまた深い魅力をたたえています。
フランスの歌手、イヴ・モンタンのコンサートは、1曲ごとに振り付けが決められ、念入りなリハーサルのもとで開かれたと聞いております。伊東さんのステージは、まさにモンタンを踏襲したものです。
メロディに合わせたしなやかな身のこなし、ジャケットの襟を少し正すだけで、誇りに満ちた男が現れ、ネクタイを少し直すだけで、はにかんだ男が現れる表現力に目をみはりました。そして、マイクを持たない手の指先にググッと力が入っていくのを目の当たりにして、私は伊東様のダンディズムとコンサートにかける闘志を思わずにはいられませんでした。

モンタンの「ア・パリ」「グラン・ブルバール」を歌われるときの軽快なステップとチラリと見えるエメラルド色のジャケットの裏地に色気を感じ、「ジプシーの恋歌」などのラブソングを王の審判のように歌われる威厳に打ちのめされ、「老音楽士」の深々としたお辞儀に何人も近寄れない神聖さを垣間見ました。

私は、伊東さんのコンサートはアスリートの競技のようだと、常々思っておりました。
例えるなら、一本のコースを風のように走るランナーで、1曲1曲がレースの駆け引きのごとく研ぎ澄まされているように感じておりました。そして、ランナーの背中には常に薔薇の花びらのシャワーが降り注いでいる、ストイックさと華麗さが交じりあった、唯一無二の世界観が立ち上がってくるようでした。

今回のコンサートでは、アスリートのレースのなかに、ふと速度をゆるめて、背中ごしに薔薇の香りを楽しむような、慈しみに満ちた時間があるように思いました。
「遠い想い出」「マリー・マリー」の、男の優しさが感じられる曲を歌われるときの、穏やかな表情と台詞のトーンは、伊東さんのお人柄にせまるものがあり感動的でした。

私は、伊東さんは「薔薇色のランナー」だと存じます。これからのコンサートで、また素晴らしいレースを、ぜひとも生で拝見したい所存です。

峰 艶二郎

『シャンソンマガジン 2022年秋号』

シャンソンマガジン 2022年秋号』が発売されました。
Singer hiromiさんの「北のパリ祭」の寄稿に併せて、私の拙文も掲載して頂きました。
よろしければ、御高覧ください。

特集のクレール・エルジエール(Claire Elzière.1971-)は、現役のフランスの女性歌手。
ジュリエット・グレコに捧げるアルバムを発表され、来日公演を催されます。
早速、アルバムを視聴しました。詞とメロディに忠実に丁寧に歌われているのが印象的です。

他にも「第60回パリ祭」のレポートや、クミコさんの「愛しかない時」のお話、青木FUKIさんと加藤タキさんの対談など、読みごたえのある誌面でした。

🇫🇷『シャンソンマガジン』(歌う!奏でる!プロジェクト)は、日本で唯一のシャンソンに特化した定期購読誌です。

『がいこつ亭108号』に寄稿しました

札幌在住の三神恵爾様が発行する個人文芸誌
『がいこつ亭 108号』
に寄稿しました。

「歌謡と侵略ー和製シャンソンとしての「支那の夜」」

渡辺はま子さんの戦前のヒット曲「支那の夜」は、フランスのシャンソンをもとに作られたという内容です。

最近は、シャンソンをもとに日本で作られた歌謡曲「和製シャンソン」に興味があります。この「和製シャンソン史」もまた、戦前から現代まで奥深い歴史を辿っています。
今後の研究テーマになる予感。

誌面は、凶弾に倒れた元首相を扱ったものが一番重い。
訃報に接し、氏が信奉していた三島由紀夫を思う。三島が愛読した『葉隠』のなかにある「大義の死」、連日の報道と照らし合わせるに、それとは符合せぬ。

戦争や感染症による、不条理な死を「寿命」と言われかねない時代である。それでも僕らは生きねばならない。

戦時下の手風琴円舞曲

戦時下の手風琴円舞曲

太平洋戦争中、日本には「ニッチク」というレコード会社が存在した。
これは、「コロムビアレコード」のことで、戦時下に敵国の社名を使うことができなくなり、和名として「日蓄工業株式会社」と改め、通称「ニッチク」と表記したものである。

この「ニッチク」製のレコードは、昭和17~21年に発売された。主に、軍歌や戦時歌謡が吹き込まれたが、なかには同盟国であるドイツのクラシックの楽曲のレコードも発売されている。
昭和18年10月の「ニッチク」のパンフレットを見ると、「決戦下の憩ひに!」と書いてある。戦時中の国民の生活は、自由を束縛して緊縮していたイメージだが、実際はメリハリをつけた飴と鞭の体制だったことが窺える。

さて、今回は面白いレコードを入手した。


ガルドニ手風琴合奏団「碧きドナウ」
アレクサンダー手風琴合奏団「波濤(はとう)を越えて」

のレコードである。

まず「手風琴(しゅふうきん)」とは、アコーディオンのことである。

「碧きドナウ」は、ヨハン・シュトラウス2世によるウィンナワルツの傑作である。

「ガルドニ手風琴合奏団」とは、フランスで活躍した、フレド・ガルドニ(1902-76)が率いる「Fredo Gardoni et son ensemble」のことだ。彼は、1920年代にミスタンゲットとモーリス・シュバリエ(当時、彼らは出演していたレビューの共演者であり、恋人同士でもあった)に楽曲を提供した人物らしい。
日本では、戦前のコロムビアから「ガルドニ・アンサンブル」の名前でレコードが発売されている。

「波濤を越えて」は、メキシコの作曲家フベンティーノ・ローサスのワルツ「Over the waves」だ。
無論、この曲は当時でいう「敵性音楽」である。しかし、この曲は一時期、ヨハン・シュトラウス2世の作品と間違えられたことがあったらしく、日本でもウィンナワルツと勘違いされてレコード化に至ったのであろう。


次に「アレクサンダー手風琴合奏団」について見ていきたい。
そして、「アレクサンダー手風琴合奏団」とは、フランスで活躍した「Orchestre de Danse Alexander」のことである。

「オルケスト・ドゥ・ダンス・アレクサンドル」は、アコーディオン奏者のモーリス・アレクサンドル(Maurice Alexander. 1902-80)が率いた楽団であった。彼は、「青色のジャバ」で知られるシャンソン歌手のフレエルと組んで、曲作りをした人物でもある。
「オルケスト・ドゥ・ダンス・アレクサンドル」は1930年代のフランスで活躍していたらしく、日本でも昭和5~10年の間にコロムビアから「アレクサンダー・ダンス管弦楽団」の名前で、彼らのレコードが数多く発売されている。

面白いのは、当時の日本のコロムビアが、フランスのコロムビアを通じて、彼らに日本の歌謡曲を演奏させてレコード化していることだ。ミス・コロムビア「十九の春」、松平晃「希望の首途」などを演奏したレコードが確認できる。

そんな「ガルドニ手風琴合奏団」「アレクサンダー手風琴合奏団」のレコードが、戦時下でも発売することが許されていたのは驚きである。厳密には、フランスは敵国だからだ。

その理由として考えられるのは、
①当時のフランスがナチスドイツに占領されていたため、従属国と捉えられていた。
インストゥルメンタルのため、外国語が入っていない。
ことである。

さらに調べてみて分かったのは、「ニッチク」から「アレクサンダー手風琴合奏団」が演奏する「巴里祭」と「巴里の屋根の下」のレコードが発売されていたことである(私はまだ現品を見たことはない)。
これは、昭和8年に発売されたレコードの再販だが、インストゥルメンタルとはいえ、戦時下でシャンソンのレコードが売られていたのは、驚愕の事実だ。洋楽が禁止され、軍歌が奨励された時代においても、ヨーロッパのワルツのリズムと、アコーディオンの音色は当時の国民の心を掴んで離さなかったのである。

おそらく、「ニッチク」からは、こうしたフランス発のレコードが多数発売されていたと思われる。今後もまた、資料収集をしていきたい。

大盛況だった「北のパリ祭」

昨日、大盛況だった「北のパリ祭」。
私は裏方として参加しました。

とはいえ、私は舞台関係者ではないので、舞台裏でやらなければならないことは何も分かりません。
ステージの中心を決めるバミ(目印のシール)の貼り方、マイクのコードの巻き方など、ひとつひとつを出演者の皆様に教わりました。
コードに至っては最後まで上手く巻くことができず、出番待ちの衣装を着た出演者の皆様のお手を煩わせてしまい、次はきちんと出来るようになろうと反省しました。

裏方として公演に関わるなかで、印象に残ったことをひとつ。
今回の「北のパリ祭」は2部構成でしたが、合間の休憩時間には、毎年「北のパリ祭」に参加され、昨年亡くなられた歌手のマサシさんの映像が3曲分、流されました。
その時間は、15時50分~16時08分と事前に決められていました。でも、スクリーンや映写機をステージに設置する時間を入れると、時間内に3曲流すことができない可能性があります。
途中で、映像を中断することも念頭に入れて、私はタイムキーパーをしていました。
そして、マサシさんが歌い終わった時間が、ぴったり16時08分!
マサシさん、ご自身の出番を天国からつとめられたのですね。

カーテンコールでは、思いがけず私の名前を呼んでいただき、ステージに上がらせていただきました。
出演者の皆様が、舞台袖の私の方を見たので、アワアワしてしまいました。
ふつつかにも関わらず、素晴らしい歌い手の皆様の列に加えていただき、胸が一杯になりました。

私にとって「北のパリ祭」は感動の場であり、学びの場。
来年は、6月25日(日)に開催予定だそうです。
また何らかのかたちで、関わらせていただければ幸いです。