シャンソン愛

峰艶二郎(みね えんじろう)による、シャンソンについて綴るブログです。著書『戦前日本 シャンソン史』(1500円.完売)。htmt-mth@ezweb.ne.jp

島本弘子様&大平信幸様のライブを観覧

 

札幌グラウンドホテル「オールド・サルーン」における、島本弘子様と大平信幸様のライブを観覧した。

島本様はサロンの客席を歩きながら登場し、ステージでも高らかに歌い上げられた。
この華やかさは、グラスのなかで踊るワインのようだ。
島本様のプログラムは、シャンソンの名曲、お馴染みの曲が中心。
それらを披露するのは、強靭な体力と熱量と表現力が必要と思われるが、島本様はボルテージを燃やしつづけて世界観を造ってゆく。
そのプロの神技に圧倒されながら、私はフランスのシャンソンを次々とカバーして海外でレコードを売りまくったジャックリーヌ・フランソワを思い出していた。

そんな島本様が歌う「もしも貴方に会えずにいたら」(古賀力訳)は絶品であった。
この曲は正直、メロディも詞の内容も平易で親しみやすい。
だからこそ、この曲を隙なく歌い、大曲として際立せるには、島本様のパワフルさが不可欠なのだ。
私は島本様の歌声を通じて、歌詞の中にある「花が笑う」という比喩の美しさを感じたのであった。

大平信幸様は、フランス語でシャンソンを歌われる方として、北海道で知られている。
印象的だったのは、アポリネールの詩「ミラボー橋」に曲をつけたシャンソン
しかしこれは、有名なレオ・フェレのものではなく、セルジュ・レジアニのものだ。
私もはじめて聴く楽曲であったが、レジアニの「ミラボー橋」のほうが、恋に破れた青年の鬱々とした感情が表現されているように思った。
それにこちらのほうが、ボードレールの作品に曲をつけたこともあるレオ・フェレの真作なのでは、と錯覚してしまうほどだ。

そして日本語の訳詞で歌われた「若い郵便夫」(高野圭吾訳)は、草花が生い茂るガーデンに少年愛が絡み合う濃密な世界が立ち現れる。
毎日ラブレターを交わす恋人とはいつか別れるかもしれぬ危険を孕んでいるが、それをいつも届けた郵便夫は17才で死んだので、その匂いたつ青年像は永遠にその美しさを留めている、というデカダンスが漂っている。
大平様もまた「ジャスミンの庭」に行けなかった悔恨があるのではないか、そんな思いにとらわれた熱っぽい歌唱であった。