シャンソン愛

峰艶二郎(みね えんじろう)による、シャンソンについて綴るブログです。著書『戦前日本 シャンソン史』(1500円.完売)。htmt-mth@ezweb.ne.jp

土岐雄一郎さんと「六味唐辛子」

土岐雄一郎さんと「六味唐辛子」

土岐雄一郎さんといえば、シャンソンのピアニストとして知られている。昨年亡くなった藤田順弘さんが「伴奏は、土岐さんと綾部肇さんが良かった」と語っていたのを思い出す。
また、全音楽譜出版社から刊行されている楽譜集『シャンソン・ベスト・コレクション』の監修者としても有名であろう。

土岐さんは、1938年に神戸で生まれた。関西のシャンソン歌手、菅美沙緒さんに認められて上京し、ピアニスト、編曲者として活躍した。また、自身による話し言葉調のエッセイや、自宅の留守番電話に吹き込んだ漫談の面白さは、今なお語り草となっている。2014年、死去。

ところで、土岐さんには訳詞家としての顔がある。「谷間に三つの鐘が鳴る」「ピギャール」「俺はコメディアン」「待っていた男」「老いぼれ役者」などは、私も愛聴するシャンソンであるが、同時に歌詞の内容が説明文のようで没個性だと思っていた。「ピギャール」は街の様子の描写であるし、「俺はコメディアン」はうらぶれた男の1日の様子が客観的に説明される。
それでも、これらの楽曲を仲代圭吾さんや森田宏さん、井関真人さんなどが歌われると、男を泣かせる珠玉のシャンソンになる。これは、淡白な訳詞を、歌い手が「芸」で肉付けして聴かせにかかるからだ。土岐さんの訳詞は、歌い手の「芸」を試すものであり、いわば曲者であるといえよう。

そのようなことを思うに至ったのは、最近「六味唐辛子」というシャンソンのライブを収めたDVDを観たからである。
「六味唐辛子」は、土岐さん、奥様の土岐能子さん、シャンソン歌手の岡本正之さん、レオ・フェレ歌いの河田黎さん、いにしえのシャンソンにも精通する佐野加織さん、朗読家の白坂道子さん、そしてパントマイムを交えてシャンソンを歌う森田宏さんで結成されたグループである。佐野さんが発行する「るぽあんしゃんて通信」(2004年11月号)によれば、「六味唐辛子」は1993年に結成され、「一物も二物も持っている風変わりな歌手が集まって、そんじゃそこらではちょっと聞けない歌をご披露しましょうという目論見で立ち上げました。定着したシャンソンのイメージを壊さないながらも六味流に個性的に前向きに歌いたいと思っています」とある。
こうしたグループで結成され活動していたことが、土岐さんの歌い手の「芸」への信頼の表れではなかろうか。

今回観たDVDは、2015年に土岐さんを偲んで開催されたコンサートのものである。
上記の5人に加え、ゲストで仲代圭吾さんが出演している。
コンサートでは、歌い手さんそれぞれが持てる「芸」を生かして土岐さんの訳詞を表現しようとする気概に満ちていた。特に、仲代さんと森田さんは、シャンソン舞台芸術として歌い上げるが、でしゃばることのない誠実さが感じられて、感動的であった。また、エンディングで出演者たちが客席に小さな袋(多分、七味唐辛子)をバラ撒いてフェードアウトしていく奇妙な終わり方は、ユーモアな土岐さんへのリスペクトであり、氏への思慕の念が醸し出されていた。

歌い手の「芸」を引き出す訳詞、これはもしかしたら土岐さんの歌手の魅力を引き出す伴奏と同じなのかもしれない。土岐さんの伴奏を、叶うことなら聴いてみたかった。