シャンソン愛

峰艶二郎(みね えんじろう)による、シャンソンについて綴るブログです。著書『戦前日本 シャンソン史』(1500円.完売)。htmt-mth@ezweb.ne.jp

山本雅臣

訳詞家の肖像 山本雅臣

前回のNaomiさんのライブを観て以来、日本のシャンソン界で活躍した訳詞家について調べてみたいと思った。日本のシャンソン史が歌手だけでなく、訳詞家によっても支えられてきたのではないか、と考えるようになったからだ。
そんなとき、『山本雅臣詩集 山本雅臣の愛したもの』を手に取った。

山本雅臣については、私の調べる限りあまり情報を得ることができなかった。山本は、シャンソンの訳詞家にしてピアニストして活躍し、銀座にあったシャンソニエ「鳩ぽっぽ」に出演していたらしい。シャンソン歌手の西原啓子は彼の妻に当たる。晩年は高円寺に「Bar カブース」を開いていたそうだ。平成7年(1995年)死去。 (珠木美甫ブログ参照)

この詩集は、平成8年に、山本の妻である西原が彼を追悼するコンサートを開いた際に配られたものである。序文は、西原の師である宇井あきら(シャンソン歌手、作曲家)と西原、末文は飯島忠義が寄せている。
飯島は、「遺された訳詞ノートは1969年に始まり1985年に及びます。それ以降、訳詞は極端に寡作になり、誰もが予想しえなかった死にいたってしまいます。」と述べている。この文章にいかなる真意があるのかは分からないが、山本の訳詞の大半は、69年から85年に行われたものであるようだ。
さらに西原は「男は妻のために数多くのシャンソンの訳詞をしたのだった。」と述べている。確かに、この詩集を通じて、山本の作品の大半が女性視点で描かれていることに気づく。具体的にどの曲が西原のために書いた訳詞なのかは分からないが、彼の訳詞の特徴から、妻が自分の作品を歌うことを念頭に訳詞をしていたのではないかと推測できる。

山本の訳詞の代表作は、リッシェンヌ・ドリールが原曲の「サンジャンの私の恋人(Mon amant de Saint Jean)」だろう。「アコルディオンの流れに/誘われいつのまにか…」というフレーズから始まる歌詞は、まさに日本のシャンソンの王道、というべきドラマチックで耳に心地良い、魅力的なものだ。ちなみに私もシャンソンを聴き始めた頃に、美輪明宏の歌唱でこの曲を繰り返し繰り返し愛聴した想い出がある。
また、「街に歌が流れていた」「五月のパリが好き」「鶴」なども、プロ、アマ問わず広く歌われている。

せっかくなので、妻の西原が歌う山本作品を聴いてみたいと思った。

「旅芸人の道」(Le chemin des forains)

原曲はエディット・ピアフである。ちなみに、この曲は詩集の最初に収められている作品でもある。
これは、女性視点の作品ではなく、綱渡りをする旅芸人が興業を終えて、次の街に向かって夜の道をとぼとぼと消えて行くという内容だ。
「銀のしずくに ぬれて きらめくあたり まぼろしたちが まだ踊っているよ」
「笛の音は 風に揺れ 老楽士の指は 想い出の夢を見る」
などといった歌詞は非常に幻想的、叙情的であり、西原の名唱がその世界観に寄り添っているように感じた。