シャンソン愛

峰艶二郎(みね えんじろう)による、シャンソンについて綴るブログです。htmt-mth@ezweb.ne.jp

2021-06-17から1日間の記事一覧

山本四郎

「紳士的歌声 山本四郎」日本のシャンソン史を調べていると、今では名前を聞くことがあまりないが、かつて素晴らしい才能を持った歌手が沢山いたことを知り嬉しくなる。山本四郎もそのひとりだ。山本は、東京出身。昭和28年に武蔵野音大を卒業し、同年にNHK…

橘薫

「瓶詰の砂糖菓子 其の名、わすれな草ー橘薫ー」 日本で最初のシャンソンの専門歌手として知られている橘薫のレコードを手にいれたので紹介したい。橘薫は、明治45年に北海道八雲町で生まれた。 のちに宝塚少女歌劇団に入った橘(エッチン)は、男役の三浦時子…

谷川俊太郎

「文学の秋 シャンソンと詩人 ー谷川俊太郎ー」1960年代のシャンソンブームは、音楽としてだけでなく日本の文学界にも大きな影響を与えた。 私は以前、作曲家の高木東六が、シャンソンをレコード会社による商業主義によって作られた日本の歌謡曲の対局に位置…

純粋なオーディエンス

「若者とシャンソン 「純粋シャンソン愛好家」の創出」最近、短歌の世界で「純粋読者」という言葉が話題になっているようだ。 これは歌人の雲嶋聆(くもしま れい)が、評論「黒衣の憂鬱ー編集者・中井英夫論」(第35回現代短歌評論賞)で述べられたものである。…

原孝太郎

「日本シャンソン界の父 原孝太郎」先日、札幌で美輪明宏がコンサートを催した。 そのなかで美輪が「私は、原孝太郎と東京六重奏に習ってましたからね、それでタンゴを覚えたんです」と話していた。 多分、「それって誰?」と疑問に感じる方がほとんどだった…

菅美沙緒

「日本のミスタンゲット 菅美沙緒」菅は大正5年、愛媛県生まれ。 東京で声楽家の三浦環のもとで学び、昭和17年に日本歌曲のリサイタルを開いたが、シャンソンに惹かれたことがきっかけで、戦後はシャンソン歌手に転身する。 昭和22~4年にかけて3回のシャン…

新田耕一

☆ 木島新一と「Mavie 80」先日、東京の「アバンセ」というお店に飾られている高野圭吾の絵の画像をアップしてくれた方がいた。その投稿の中に、高野、くどうべん、木島新一の3人が肩を組んでる写真があった。 「くどうべんは知ってるけど、木島新一って誰だ…

シャンソニエ エルム

名古屋に研修の折、シャンソニエ「エルム」に伺った。 ここは、名古屋を代表するシャンソニエであると同時に「日仏シャンソン協会」(以下協会)の拠点でもある。この協会の活動は、シャンソンを通じて日仏の交流だ。日本のシャンソン歌手が多く所属する「日本…

山本雅臣

訳詞家の肖像 山本雅臣前回のNaomiさんのライブを観て以来、日本のシャンソン界で活躍した訳詞家について調べてみたいと思った。日本のシャンソン史が歌手だけでなく、訳詞家によっても支えられてきたのではないか、と考えるようになったからだ。 そんなとき…

中原美沙緒

「お姉さんの歌 中原美沙緒」日本シャンソン協会では、毎年この時期にシャンソン界に貢献した人物に「プリスリーズ」という功労賞を授与している。 私はこの「プリスリーズ」には関心があるのだが、これまで受章された人々は、シャンソンが好きだという人た…

五十嵐顕男

劇的シャンソン ー訳詞家・五十嵐顕男最近、五十嵐顕男訳の「愛は君のよう」を歌う機会があった。 アダモの「愛は君のよう」は、日本では真咲美岐の「暗い日々のなかで…」から始まる訳詞が有名だが、五十嵐のは若い男が主人公の原詞からかけ離れた内容になっ…

ビショップ節子

ビショップ節子昭和30年代くらいのシャンソンの資料を見ていると、よく目にするのがビショップ節子という女性歌手の名前である。ビショップ節子 昭和3年、市ヶ谷生まれ。旧姓は桑原節子。 東京音楽学校声楽科を卒業しオペラ歌手を志す。 その後、画家のビシ…

高毛礼誠

鉄人・高毛礼誠前回のビショップ節子同様に、昭和30年代のシャンソンブーム以降、消息が分からない歌手がいる。 高毛礼誠(たかもれ まこと)なる人物だ。彼は、昭和30年に東京芸大の声楽科卒業後、シャンソン歌手として銀巴里でデビューした。当時のシャンソ…

許せぬ記事

「アサ芸プラス」というニュースサイトに、露口正義なる人物が書いた記事が投稿された。 俳優・松村雄基がシャンソンライブを開くが、それは彼が同性愛者であるのをカミングアウトすることに他ならない、というのだ。その理由は、「日本のシャンソンはゲイと…

森繁久彌

森繁久彌のアルバムを手に入れた。「詩の旅路」というLP二枚組である。 「春夏秋冬」をテーマに、叙情歌、戦時歌謡、寮歌、オリジナル曲を収めている。とはいえ、単純に「春なら春の歌」というわけではなく、「人生の春だった幼少期」「人生の夏だった青春期…

シャンソワレ

先日閉店したライブスペース「サラヴァ東京」のプロデューサーであるソワレと、店に出演していた若手歌手によるシャンソンのアルバム「シャンソワレ」が発売された。 収録されている曲は、越路吹雪の研究家でもあるソワレのセレクトらしく彼女のレパートリー…

レ・モーヴェ・ギャルソンヌ

平成も今日で終わるが、何か平成らしい日本のシャンソンのアルバムはなかったろうか、と思っていると レ・モーヴェ・ギャルソンヌ「愛の賛歌」 が目に入った。レ・モーヴェ・ギャルソンヌは、2001~2年に活動した女性3人組のユニットである。ユニット名はフ…

くどうべん

「家出少年のシャンソン くどうべん補稿」昭和30年代に発売されたエンゼルレコードのソノシートには、工藤勉「パリ祭」(くどうべんは、昭和40年頃まで漢字表記、工藤勉だった)が収録されている。 工藤は、国立音楽学校を卒業後、昭和31年にシャンソン歌手と…

寺山修司

昨日は「さっぽろ寺山修司資料館」に行ってきた。 寺山と交流があった山形健次郎氏所蔵の資料を展示する私設博物館で、今年の五月に開館した。展示資料は、山形氏宛の書簡、寺山関連の書籍やポスターである。書簡は学生俳人としてデビューし、ネフローゼで入…

和田誠

イラストレーターの和田誠が死去した。 和田のイラストは70年代以降レコードジャケットなどでよく見かけるが、あの人懐っこい絵は惹かれるものがある。また、私が学生の頃に読んでいた星新一や阿刀田高の著作の表紙絵は今見ても懐かしい。最近だと、テレビ番…

新田芳子

銀の唇 新田芳子シャンソン喫茶・銀巴里では、美輪明宏の前座をつとめるのがひとつのステータスだったという。それを長年つとめたのが新田芳子だった。 彼女は、昭和16年に満州奉天生まれ。幼少の頃に事故や病気を患い、身体障がいになる。しかし彼女は、「…

日本のシャンソン運動

かつて、ソノシートというものがあった。ペラペラのビニールに溝が掘られたレコードで、主に雑誌の付録として使用された。 そのソノシートを初めて普及させたのが『歌う雑誌 KODAMA』という雑誌であった。コダマプレス刊、昭和34年創刊である。ポピュラーや…

山本四郎

シルクの夢魔 山本四郎「浦島太郎」先日の「【追悼】魅惑の歌声 山本四郎」は、多くの方に喜びの声をいただき、大変嬉しいです。ありがとうございます。ちょうどCDの作業が一段落ついた時、山本四郎の新たなレコードを入手した。 「浦島太郎」 これは、童話…

直村慶子

訳詞家・直村慶子と俳句日本のシャンソン歌手はイタリアの流行歌・カンツォーネをレパートリーにする人が多い。その理由は諸説があるが、昭和20、30年代の音大出身のシャンソン歌手が学校でイタリア歌曲を学んでいたため、比較的イタリア語に長けていたから…

村上進

村上進のビデオ先日の直村慶子の記事を通じて、読者の方々が村上進への思いを綴ってくださり、大切に読ませていただいた。今回は彼ついて記してみたい。村上進 1948年生まれ。65年にアイドル歌手としてデビューし、その後タンゴ歌手として労音や民音で活躍す…

五木ひろし

シャンソン歌手の石井好子が主催したシャンソンのイベントといえば毎年7月の「パリ祭」だが、もうひとつ「朝日チャリティーコンサート シャンソンの夕べ」というものがあった。これは、彼女が国連難民高等弁務官の緒方貞子と親しかったことがきっかけで開催…

薩めぐみ

シャンソンという鎧ー薩めぐみ Ⅰフランスのシャンソン歌手の経歴を見ると、移民が多いことに気づく。アズナブール、ブレル、ダリダ、ムスタキ、アダモなど、よく知られる歌手たちはフランス出身者ではないのだ。「フランスは旅行者には天国、移民には地獄」…

薩めぐみ

シャンソンという鎧ー薩めぐみ Ⅱ日本からフランスに渡り、1920、30年代の「文学的シャンソン」を歌った薩めぐみは、徐々に現地で知られるようになった。1975、6年頃には、彼女のリサイタルがテレビで放送されるようになる。 そのとき彼女が歌うシャンソンの…

薩めぐみ

シャンソンという鎧ー薩めぐみ Ⅲ1979年にジャック・プレヴェールの詩をレコードに吹き込んだ薩めぐみは、日本とフランスで衝撃をもって迎えられた。彼女は、このアルバムを引っ提げて両国でリサイタルを開くが、そのときの衣裳はパリの蚤の市で手に入れた20…

薩めぐみ

シャンソンという鎧ー薩めぐみ Ⅳ薩めぐみは、ジャック・プレヴェールの詩で「戦争と無関心」、ローラン・トポールの詩で「資本主義的幸福の否定と快楽主義」を歌った。 そして彼女は、1984年にサードアルバム『則天去私』(フランス語によるタイトルなし)を発…