シャンソン愛

峰艶二郎(みね えんじろう)による、シャンソンについて綴るブログです。著書『戦前日本 シャンソン史』(1500円.完売)。htmt-mth@ezweb.ne.jp

宇井あきら

シャンソン・ド・パリ』、そして宇井あきら

シャンソン・ド・パリ』(昭和37年 水星社)という、ソノシート4枚組を手にいれた。資料としても興味深いものなので、紹介したい。

デデ・モンマルトル
「枯葉」 
「巴里の悪戯っ子」
ビショップ・節子
「詩人の魂」(ビショップ・節子訳)
「とてもいいわ」(菅美沙緒訳)
深緑夏代
「ルナロッサ」(薩摩忠訳)
「アデュー」(多田玲子訳)
宇井あきら
「ラ・メール」(津田誠訳)
毛皮のマリー」(同上)
伴奏・吉村英世・クインテット

デデ・モンマルトルは、フランス出身の弾き語りアコーディオニスト。イヴ・モンタンの伴奏などをし、来日。以降、日本のテレビやラジオで活躍した。私は初めて知った人物であったが、調べてみるとアコーディオニストの桑山哲也さんのお師匠に当たるそうだ。彼は、上記2曲をフランス語で弾き語りしている。

ビショップ・節子は、以前紹介したことがある。
https://m.facebook.com/story/graphql_permalink/?graphql_id=UzpfSTEwMDAxNzMwNTU5NjQyMTozMTUxNjg3OTkwNjk5NzE%3D
ここでも、ネットリとしたソプラノを聴くことができた。特に「とてもいいわ(je me sens si bien)」は、歌詞の内容と相まってエロい仕上がりになっている。

深緑夏代は、宝塚少女歌劇団出身で、シャンソン界の大御所として活躍した人物。若い頃から歌唱力がずば抜けているが、私は晩年の彼女の錆びた歌声が好きなので、資料として聴いた。

ちなみに「アデュー(adieu)」の訳者「多田玲子」は、深緑の本名である。このレコードの女性歌手は、各々自身の訳詞で歌っていることにも注目すべきだろう。
この2曲はレコード化するにあたり、JASRACに登録されたため、いわゆる「法定訳詞」となっている。かつて著作権が認知されておらず多くの訳詞家が涙をのんだなか、彼女たちはまさに棚ボタだったと言うべきだろう。

このレコードで、一番の収穫が宇井あきらのものである。
宇井は、大正5年生まれ。武蔵野音楽大学卒業後、長門美保歌劇団でオペラ歌手として活躍後、シャンソンに興味を持ち、作曲家・高木東六に師事する。昭和30年にシャンソン歌手としてデビューした。このレコード発売当時から、門下生を集めて「レ・ザマンドラ・シャンソン」を結成しており、女優の島崎雪子、真木みのる、堀内環、宇野ゆう子、加藤登紀子らを輩出する。
のちに作曲家としても活躍し、菅原洋一「今日でお別れ」は彼の作品。
2009年、没。

音大出身者であるにも関わらず、彼の歌声がポピュラーなものであることに驚いた。芯の太い安定感のある歌声は、元オペラ歌手のものとは思えぬ聴きやすさだ。彼にこの歌唱を会得させた高木東六の手腕に感服する。
そして、宇井の歌を聴いていて思い出すのは、彼の弟子だった「しますえよしお」のことだ。
アカデミックなシャンソン歌手が多いなかで、何故しますえのようなポピュラーな歌い方をする歌手が現れたのか謎であったが、その背景には高木、宇井のラインがあったようだ。

とはいえ、宇井のシャンソン歌手としての不幸はレパートリーの凡庸さにある。
彼は津田誠(NHKアナウンサーを経て、詩の朗読活動やシャンソンの訳詞、それに影響を受けた作詞をした人物)の作品を歌っているが、晩年に発表した自身のオリジナルアルバム『青春が逃げていく』でも、彼の詞をレパートリーにしている。正直、その歌詞はお行儀のいい退屈なものだ。それゆえ、宇井の歌手としての個性が見えてこない。
宇井の個性が最も現れているのは、自身が作曲したシャンソン風の楽曲である。説明がなければフランスのものに聞こえる楽曲の数々を歌う彼が、一番生き生きしているように思える。

宇井は、作曲家、指導者として評価されるべき人物であるといえる。