シャンソン愛

峰艶二郎(みね えんじろう)による、シャンソンについて綴るブログです。著書『戦前日本 シャンソン史』(1500円.完売)。htmt-mth@ezweb.ne.jp

01年 パリ祭

「一枚の写真から紡ぐ縁 第39回パリ祭(2001)」

昔、ある方から写真をいただいたことがある。写真の下には「01 07 14」と記されている。2001年、第39回パリ祭のときの写真である。
中央には、芦野宏石井好子、深緑夏代、高英男がいる。横にはムッシュかまやつ山本リンダ。しますえよしおに新井英一、永六輔…この素敵な女性は誰だろう…。
私はこの写真を眺めながら、まだ見ぬ、そしてもうその姿を見ることが叶わない歌手たちが立つパリ祭のステージをいつも空想していた。

私の思いが天に届いたのだろうか、最近知り合った方から「昔テレビ放送した01年のパリ祭の映像をご覧になりませんか?」とお誘いを受けた。「えっ?それってまさか…」。写真を取り出して確認すると間違いない、いつも眺めていたパリ祭のステージだ。それを映像で見れるなんて…。テレビ画面に映し出される「パリ祭」の文字。ついに私は憧れていたパリ祭を目の当たりにすることとなったのである。

【セットリスト】

石井好子・深緑夏代・芦野宏「パリの橋の下」
この大御所三人から幕が開く。三人の貫禄すらかんじる歌声、姿に胸が熱くなる。

永六輔と桑山哲也「おしゃべり」
永の声が懐かしい。桑山とふたりでピエロの格好をして「春が来た」を歌うのが楽しい演出だ。

・畠山文男ほか6名「私はパリっ子」
・古坂るみ子「街の舞踏会」
・モンデンモモ「ムーランルージュの唄」
・水織ゆみ「祭りは続く」
・パトリック・ヌジェ「ルナパーク」
・岸本悟明「ブラボークラウン」
初っぱなからベテラン勢が魅せる。ブラボークラウン、は男性が歌うのをはじめて聴いた。

・小海智子「街に歌が流れていた」
・有光雅子「サンジャンの私の恋人」
二人とも鬼籍に入られた方だ。小海は若い頃のレコードと変わらずチャーミングさと深みをたたえ、有光は迫力のある歌声を披露していた。

・石井祥子「群衆」
青木裕史「ピギャール」
・宇野ゆう子「夜は女の匂い」
三人とも色気のあるステージアクションでとても素敵だった。

マーサ三宅「メランコリー」
山本リンダ「私の回転木馬」「パリ祭」
マーサはジャズ、リンダは歌謡曲で他ジャンルから出演している。しかしながら、ふたりの歌唱力は本物であった。

・神戸市混声合唱団「花祭り
芦野宏「ワインで乾杯」
・荒井洸子「ラ・ミュージシャン」
・堀内環「収穫の秋」
青木裕史、広瀬敏郎、伊東はじめ「頭にいっぱい太陽を」
・仲マサ子「ジャバ」
荒井、堀内、仲は古くから銀巴里で歌っていた歌手であり、大きなステージでもその存在感は健在である。また青木、広瀬、伊東の三人組は89年に結成された「サンクオム」のメンバーで、歌って踊る姿がとても爽やかだ。

石井、マーサ、リンダ「薔薇色のサクラと白いリンゴの木」
この三人のデュエットは珍しいし、大変面白い。またステージではドレスのイメージがある石井が、ターバンにパンツルックというのが新たな一面であった。

新井英一「アムステルダム
田代美代子「初めての日のように」
しますえよしお「さくらんぼ実る頃」
新井は非常にかっこいい。石井がパリ祭のステージに出演するのを依頼し、自身のアルバムにもデュエットを吹き込んでいる。田代は「愛して愛して愛しちゃったのよ」のイメージが強いが、元々は石井好子音楽事務所専属のシャンソン歌手。しますえは、優しい歌声で会場を包み込むような印象を受けた。

欧陽菲菲「フィーリング」
ムッシュかまやつ「ラメール」
梓みちよ「愛してる」「青春の決算」
欧陽菲菲ムッシュは英語で歌っていた。ちなみにムッシュの父、ディープかまやつは若い頃の石井のバンドをつとめていた。梓は、「リリーマルレーン」以外のシャンソンを初めて聴いたが、アグレッシブなステージだった。

芦野「ア・パリ」
石井「行かないで」
高英男オペラ座のダンサー」
深緑「パリ・パナム」
この四人は別格。芦野の話すように、だがドラマティックに表現する歌声。石井のブラックホールのように世界を包み込んでしまうような存在感。高の晩年の傑作であるこの曲を、薔薇のような衣装を纏って歌う気高さ。深緑の宝塚のレビュー仕込みの華やかなステージ。全てが感無量だった

石井好子と出演者「二人の恋人」
エンディングで高がゆっくりと現れ、最後に石井、芦野、深緑、高で手を繋いでステージ前に出て礼をするシーンを見て、日本のシャンソンはこの四人によって創られたのだと実感した。